第76話 宿命の対決(仮)

「あなたとはいずれ決着をつけなければならないと思っていました……メリッサ様」

「奇遇ね、フォル……私も同じことを考えていましたよ」


 対峙するのはふたり。

 自律型甲冑兵のフォルと双子エルフの姉メリッサ。

 両者の間には激しい火花が散っており、少し離れた位置に立つ村長トアはどうしたのものかと右往左往。

 事の顛末は数時間前に遡る。




 その日は抜けるような青空が広がっていた。

 トアはフォルと共に大地の精霊たちが管理する農場へと来ていた。

 

「今年は去年以上の収穫量ですね」

「どれも瑞々しくておいしそうだ」

「いろんな人が手伝ってくれたおかげなのです~」


 ふよふよと宙を浮かびながら収穫されたばかりのトマトを運搬するのは精霊たちのまとめ役であるリディス。今日も上機嫌に農場管理に勤しんでいたのだが、思わぬ来客によってその作業は中断することになる。


「トア村長、少しよろしいでしょうか」

「メリッサ?」


 トアのもとを訪れたのは双子エルフの姉メリッサだった。


「どうしたんだい?」


 作業を終え、汗と土にまみれたトアが用件を聞くと、いつも明るいメリッサが珍しく表情を曇らせていた。


「あの、ここでは少し……」

 

 どうやらあまり大勢には聞かれたくない内容らしい。

 村人の悩みには真摯に向き合うという信念があるトアにはあんな表情を見せるメリッサを放っておくわけにはいかなかった。


「分かった。じゃあ、村の集会室に行こうか」

「お手数かけてすいません」


 ペコリと頭を下げるメリッサだが、トアは笑いながら「いいよいいよ」と手を振った。




 トアのリペアとクラフト、そしてドワーフ族たちの手を借りて造られた集会室は要塞村の中に五つほどある。

 目的は少人数であまり他の人には聞かれたくない話し合いなどを行うため。まさに今のトアたちのような状況のために造られた部屋だ。


「それで、話って?」


 今回の話し合いに参加したのはトアとフォルのふたり。


「実はですね……エノドアにいる奥様方から相談を受けたんです」

「相談? どんな?」

「野菜嫌いの子どもが増えているそうです」


 なるほど、とトアとフォルは納得した。

 農場でその話をしたら精霊たちが少なからずショックを受けるかもしれないからという配慮から、メリッサは場所の変更を申し出たのだ。


「なるほどぉ……野菜嫌いですか」


 意外にもこの話題にフォルが食いついた。

 腕を組み、何かを思案しているようだ。

 一方、メリッサはトアにある提案を持ちかけた。


「それで、私たちのお店で野菜を使ったデザートを作ろうと思うんです」

「野菜のデザートか……いいね。それが形になれば、きっと野菜嫌いの子たちにも受け入れられるはずだ。是非やろう」

「ありがとうございます。それで、材料なんですが」

「早速リディスたちに頼んでくるよ。もちろん、そのことは伏せてね」

「はい!」


 気合十分のメリッサ。

 トアも満足げに頷く。



 ――この時、ふたりは気づかなかった。

 密かに闘争心を燃やす甲冑兵がいたことに。



  ◇◇◇



「どうしてこうなった……」


 エノドアの町にあるエルフ印のケーキ屋さん。

 メリッサからの相談を受けた二日後、そのメリッサから呼び出されてお店を訪ねてみたらなぜかフォルもいて、しかもエプロンを着用し臨戦(?)体制をとっていた。

 その様子をハラハラしながら見つめているのはセドリックと双子の妹ルイス。その横で呆れたように腕を組んでいるのはクラーラだ。さらにギャラリーとして他のエルフ族、そしてエノドアに住む奥様方など、かなりの人数がお店にいた。

 トアはこそこそっとクラーラの横へ移動し、ここまでの経緯を聞くことに。


「なんでフォルがここに?」

「意地があるみたいよ」

「意地? なんの?」

「『僕の中にある料理人魂が!』とか言っていたわ」

「……元は戦闘用の甲冑兵だよね?」


 だが、以前トアが風邪を引いた時にも確かそのようなことを言っている。それに、この要塞に来たばかりの頃、トアとクラーラに金牛のステーキを作ったこともあった。

 料理に対して並々ならぬこだわりがあるのはなんとなく分かっていたが、今回のように誰かと張り合うようなマネは初めてだ。


「では私はこのトマトを使わせてもらいます!」

「ならば僕はこちらのカボチャでいきます!」


 山積みにされた食材の中から互いにチョイスし終えると、いよいよ調理を開始。

 溢れる熱意と素晴らしい手際に、周囲から思わず感嘆の声が漏れ聞こえた。


「フォルが料理好きというか得意なのは知っていたけど……なんでまたメリッサと勝負形式になっているんだ?」

「……今回についてはあいつの気持ちがちょっとだけ分かるわ」


 珍しく、クラーラはフォルの行動に共感しているようだ。


「自分よりも実力が上かもしれない相手と剣を交えるのって凄くワクワクするのよね。自分の技がどこまで通用するのか。限界を知れるというか、成果を確認できるというか……とにかくいろんな感情が渦巻くの!」

「そ、そうなんだ……つまり腕試しってことなのかな?」


 分かるような分からないような。

 

 フォルが誰かに対抗意識を燃やすというのは前例がない。

 いつも適度にクラーラをいじり、みんなの手助けをしながら今日まで村の発展に貢献し続けてくれている。

 そんなフォルがライバル心を抱き、得意の料理でメリッサに勝負を挑む。本当に、クラーラが言った通り、自分よりも優れている人物へ自らの腕を試すように勝負を挑むその姿勢はまるで――


「人間と変わらないな……」


 トアは小さく呟く。

 甲冑そのものであるフォルの表情に変化はない。だけど、今のフォルは心からこの勝負を楽しんでいるとトアは感じ取った。

 

 これまでのフォルにはない変化。

 今回の勝負――それは甲冑に刻み込まれた魔法文字によって促される行動ではなく、フォルという「個人」が望んだ結果だとトアは思った。誰かの言う通りに動くことはあっても、自発的に動くことは少なかったように思う。そのフォルが、自ら望んで勝負を挑む。それは言ってみれば成長なのかもしれない。


「完成しました! 新鮮トマトのレアチーズケーキです!」

「こちらも完成しました! カボチャのプリンです!」


 同時にデザートが完成し、それに合わせて歓声が沸き起こる。

 その後、奥様方が呼んできた子どもたちも交えて実食が行われた。

 どちらのデザートも子どもが嫌う野菜臭さや触感もなく、甘くて舌触りも良いデザートとして高評価を得た。


「さすがですね、メリッサ様」

「フォルこそ、このプリンとってもおいしいわ」


 勝負を終え、固い握手を交わすふたり。

 結局、完成したデザートの両方のレシピを奥様方に配布すること、そして、月に二回ほどのペースでメリッサが講師を務める料理教室を開催するということで今回の野菜嫌い克服作戦は幕を下ろしたのである。ちなみに、その教室にはフォルも特別講師として参加することが決定した。


 

 

 その帰り道。

 トア、フォル、クラーラの三人は並んで帰路に就いていた。

 メリッサやセドリックたちクラーラを除く数人のエルフ組は店で一夜を過ごすとのことで別行動となっている。

 そんな中、トアはおもむろにフォルへ語りかける。

 

「満足したかい、フォル」

「マスター……お気づきでしたか」

「伊達に一年以上も君のマスターをやっているわけじゃないさ。メリッサとの勝負は楽しめたようで何よりだよ」

「申し訳ありません。マスターであるあなたの指示を仰がずにこのようなマネを……」

「問題ないよ、フォル。俺は君のマスターってことになっているけど、自分の思うままに生きて全然構わない。むしろ、俺としてはそっちの方がいいかな」

「……寛大な御言葉に感激を禁じ得ません」


 フォルは少し間を空けたあとで、こう告げた。



「あなたをマスターにして心からよかったと思っています」



 深々と頭を下げたフォル。

 トアは「そんなかしこまらなくても」と焦り、クラーラは「何? どういうこと? 私にも分かるように説明しなさいよ!」と叫んでいた。

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