第573話 新しい動き
ある日の朝。
「うーむ……」
今日もたくさんの客で賑わう朝市の真ん中で、トアは腕を組みながら唸っていた。そこへ朝の見回りを終えたクラーラとマフレナがやってくる。
「どうしたの、トア」
「わふぅ……なんだか難しそうな顔をしています」
「あ、ああ、なんでもないよ」
「そんな風には見えなかったけど?」
トアの顔を覗き込みながら、クラーラが追及。さすがに長い付き合いだけあってすぐに異変を察知したようだ。
クラーラとバッチリ目が合ったトアは観念し、考えていたことをふたりに話した。
「魔導鉄道の駅が実用化されるとして……村の規模をもうちょっと大きくした方が良いのかなって思ってさ」
「村の規模を? 要塞の外にまで広げるってこと?」
「いや、あくまでも広げるのは市場だけにしようかなって思っているんだ」
「わふっ? 市場だけですか?」
「鉄道に乗ってこの要塞村へ来る人は市場が目的になるだろうからね」
大地の精霊によって運営される農園や希望の森で採れる山菜や果実などなど、食料だけでも要塞村には他にない魅力が満載だった。
また、多種多様な種族が共存しているというのもよその土地から来た者からすると非常に珍しく、関心が寄せられている。
これについては、バーノン王からも教えてもらっていた。
要塞村の存在が大陸中に広がると、同じようにさまざまな種族を招き入れて共存する町村が増えているという。これまで、人間と他種族は深いかかわりを持ってこなかったが、近年はその壁が壊れつつあるという。
バーノンはこうした動きがいずれ大陸の外にまで広がり、どんどん実現していってもらいたいと考えていた。だから、要塞村にはその理想的なモデルケースになるとトアにも話していたのだ。
トアは村長として、自分たちの暮らす村がそんな風に思われているのは素直に嬉しかった。
とはいえ、トアたち要塞村の村民たちは世界中の人たちから羨ましがられるために生活をともにしているわけではない。
村のスタートは偶然だった。
フェルネンド王国を出たトアが無血要塞ディーフォルでクラーラと出会い、それから困っていた銀狼族と王虎族が合流して徐々に規模が拡大。やがてドワーフやエルフや大地の精霊やモンスターたちも加わり――現在の姿になっているのである。
その要塞村が、また新たな変化を迎えようとしていた。
アイディアを閃いたトアは、早速市場の責任者であるナタリーへと相談。
それを聞いたナタリーは嬉しそうに微笑んだ。
「実を言うと、近々その話をトア村長に持っていこうと思っていたの」
「そうだったんですか?」
「えぇ。でも、どうやら考えることは同じだったようね」
市場増設の件はナタリーも考案していたらしく、話はスムーズに進んだ。
恐らく、客だけではなく店を出したいという商会も増えるだろうから、そちらの対応も順次行っていくとナタリーはトアへと告げる。
それに伴い、要塞村商会という組織を立ち上げたいとも相談され、さらに治安悪化の恐れがあるかもしれないと、要塞村自警団もつくってはどうかとも提案される。
「ふむふむ……どれも実現した方がよさそうですね」
「それなら、詳しい話は円卓の間でしましょう」
「分かりました。種族の代表者たちに声をかけてきます」
鉄道が本格的にスタートする前に、要塞村も慌ただしくなっていくのだった。
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