第390話 領主ファグナスの苦悩

「そうか。リラエル殿は要塞村の生活に馴染んだか」

「はい。でも、最初に住んでいたツリーハウスを気に入ったみたいで、今はジャネットたちドワーフ族が新しく専用のツリーハウスを増築して、そこに住んでいます」


 この日、トアはローザを連れてファグナス邸を訪れていた。

 定期報告の日――というわけではないが、天使リラエルが落ち着いて生活できるようになったことの報告へやってきていた。


「そういえば、メリッサの様子は聞いているか?」

「順調なようです。このままいけば、あと二ヶ月後くらいには生まれるのではないかと、アルディさんから聞いていますよ」

「要塞村で生まれる初めての子か……」

「まあ、故郷であるオーレムの森にはエルフ専門の医者もおるからな。メリッサもその方が安心じゃろう。――もっとも、本人は気を遣ってのことじゃろうが」

「気を遣って?」

「要塞村で初めて子どもを産む――それに相応しい者が他におるじゃろう」

「そうなんですか?」

「「…………」」


 チェイスとローザは揃って「ダメだ、こりゃ」と言わんばかりに肩をすくめた。


「まあ、それは追々分かっていくじゃろう」

「その頃にはあの四人……適齢期を過ぎていなければいいですが」

「今は同じ部屋に四人で暮らしておるのじゃ。それであと数年のうちにどうにもならんようならこっちにも策はある」


 何やらボソボソと話し合うチェイスとローザであった。


「まあ、それはさておき――チェイスよ。今日はワシらに是非とも伝えたいことがあるとのことじゃが」

「! そ、それは……誰から聞きましたか?」

「ダグラスじゃが?」

「そ、そうですか。……おのれ、余計なことを」


 どうやら、それはチェイスにとって伝えにくいことらしい。

 だが、八極のひとりであるローザが「言え」と口にしてしまえば、もう逆らえない。チェイスはゆっくりと語り始めた。


「……娘のイスラのことについてなんです」


 イスラ・ファグナス。

 それは、チェイスのふたりいる娘のうちのひとりで、ファグナス家の長女にあたる人物であり、エノドア町長を務めているレナードの姉だ。


「そういえば、レナード町長にはふたりのお姉さんがいたんでしたね」

「うむ。イスラは長女の方なのだが……このたび、そのイスラがこれまでの功績を認められて分団長に就任したんです」

「「おおっ!」」


 おめでたい話に、トアとローザは歓声を上げた。


「凄いじゃないですか!」

「しかも女性じゃからな。おまけに年齢もヘルミーナより若いんじゃろ?」

「ま、まあ、そうなんですが……」


 娘の出世という一大イベントにもかかわらず、チェイスの表情は冴えなかった。

 ここで、トアとローザはハッとなってある事実に気づく。

 騎士団の分団長となれば、危険を伴う任務にも当たらなくてはならない。


 父として、ファグナスはそれを心配しているのだろう。

 それなのに浮かれてしまって――そんな考えがよぎった次の瞬間、


「これでまた婚期が遠のいてしまう……この腕に孫を抱けるのはいつになることやら……」

「「…………」」


 チェイスの心配はそこだった。


「こ、このまま生涯独身なんてことは……」

「お、落ち着いてください、ファグナス様」

「そうじゃ。……それに、そういう縁は自然と訪れるものじゃ」


 ヴィクトールから贈られた指輪を見つめながら、ローザはそんなことを言う。


「気長に待とうではないか。ワシも、あのバカから指輪をもらうのに二百五十年かかったのじゃからな」

「ロ、ローザ様のケースはだいぶ特殊なような……」


 年齢を考えるとまったく参考にならないアドバイスだった。


「うぅ……このままでは次女のアンヘルも同じような道をたどるのではないかと気が気じゃなくて……」

「変なところで女々しいヤツじゃな。――分かった。では、ワシがいい相談相手を探してやるとするかのぅ」

「! ほ、本当ですか!?」


 急にテンションの上がるチェイス。

 その後、ローザから「準備をしておくから三日後にエノドアのフロイドの宿屋を訪れるといい」と伝えられた。


  ◇◇◇


 約束の三日後。


「い、一体誰が……」


 取り巻きたちを引き連れて、チェイスが店を訪れる。

 店内にいたのは、


「おお! ご到着のようだ!」


 マフレナの父ジン。


「お待ちしておりました」


 クラーラの父アルディ。


「久しぶりだな」


 ジャネットの父ガドゲル。


「変わらずお元気そうですね」


 エステル(&トア)の母(代理)シスター・メリンカ。


 要塞村の保護者たちが勢揃いだった。


「領主殿! 我らが相談に乗りますぞ!」

「種族は違えど、娘への父の愛に変わりはないはず」

「そういうこった!」

「本日はフロイドさんのご厚意で貸し切りとなっていますので、思う存分、語りつくしてください」

「おぉ……」


 チェイスは感動に打ち震えていた。



 ――結局、娘の婚期について相談するよりも、いかに娘が可愛いかの自慢大会になってしまったのであった。



「「「「娘最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

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