第391話 鋼姫の憂鬱
浮遊大陸から帰還してしばらく。
天使リラエルの加入でひと悶着あったが、今ではすっかりいつもの落ち着きを取り戻していた。
「ママ~♪」
「あら、アネス」
かつて、大地の精霊女王として要塞村を襲ったアネスも、今ではエステルをママと慕う可愛らしい女の子として暮らしていた。
その微笑ましい光景を、遠くからジャネットが眺めていた。
「ママ、か……」
そう呟いたジャネットの表情は少し暗かった。
「何? ママのこと思いだしちゃった?」
一緒に作業していたクラーラが気づき、声をかける。
「え、えぇ、まあ」
「確か、うちのママと同じで世界中を旅しているんだっけ?」
「そうなんです」
「クラーラ様、ご存知だったのですか?」
そこへ、荷物運搬をしていたフォルが話に加わった。
「前に一度聞いたことがあったのよ。トアとエステルとマフレナも知っているはずだけど」
「そんな!? 息子の僕は知らないのに!?」
「息子にした覚えはないんですけど……」
そこはキッパリと否定してから、ジャネットは続けた。
「とても強い人ですから、きっと今も元気でいるのでしょうけど……」
「ここへ来てかれこれ四年くらい……まだ一度も顔を合わせていないものね」
ジャネットは無言のまま頷いた。
家に戻ってくるケースも非常に少なく、正直、今では顔もうろ覚えなくらいだ。
それでも、また会いたいと強く思っている。
「今はどこで何をしているのでしょうか……」
冬空を見上げながら、ジャネットはまたも小さな声を漏らすのだった。
◇◇◇
ジャネットが母親を思い出している頃――
エノドア自警団駐屯所。
「おい、聞いたかよ、クレイブ」
「? 何のことだ?」
「要塞村に新しく天使が住み始めたらしいぜ?」
「何をバカな。トアが天使のような存在ということなど、遥か昔から承知している」
「言ってねぇけど!?」
いつものように賑やかな自警団。
ところが、
「た、大変だぁ!」
ひとりの鉱夫が飛び込んできたことで、事態は一変する。
「何事だ、騒々しいぞ」
まず対応に当たったのは、ジェンソンがレナード町長宅を訪問中のため、留守を預かっている副団長のヘルミーナだった。
「そ、それ、それが……」
男の体と声が異様に震えている。
ここで、ヘルミーナやクレイブたちその他の団員も、シャレにならない異常事態が発生していると察して集まって来た。
そして、駆け込んできた鉱夫の男が、つい先ほど起きた事態について報告する。
「落盤事故です! 多くの鉱夫たちが、エノドア鉱山内部に閉じ込められました!」
「「「「「なっ!?」」」」」
駐屯所は騒然となった。
これまで一度も起きていない落盤事故。
いつかは起きるだろうと覚悟はしていたが、実際にその瞬間が訪れるとは――と、困惑している者がほとんどだった。
「落ち着け!」
浮足立つ自警団だったが、ヘルミーナの一喝により冷静さを取り戻す。
「ネリス! すぐにレナード町長宅を訪ね、ジェンソン団長を呼び戻すんだ!」
「は、はい!」
「タマキ! 巡回中のミリアや他の団員を捜し、事情を説明した後でエノドア鉱山に向かうよう伝えてくれ!」
「分かりました!」
「それから、今から言う七名はここに残って自警団の仕事に当たれ! 他の者はたちは私と一緒にエノドア鉱山を目指す!」
「「「「「おう!!」」」」」
ヘルミーナの的確な指示により、それぞれがどの仕事を担当するのか、その割り振りがすぐに完成。とりあえず、ヘルミーナ率いる先遣隊がエノドア鉱山へ向かうこととなった。
「その他に、何か気になる点はなかったか?」
最後に、鉱夫へそう尋ねると、少し気になる情報がもたらされた。
「実は、鉱山で落盤が起きるかもしれないと忠告に来た女性がいました」
「! 何……」
落盤を予言した謎の女性。
それが、事件の鍵を握っていそうだ。
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