第153話 邂逅

「久しぶり……じゃと?」


 顔をしかめるローザ。

 そのローザを挟むように立つエステルとフォルは困惑した様子だった。


「あの仮面の人……ローザさんの知り合いなんですか?」


 エステルはそう尋ねてみたが、ローザから返答はない。というより、ローザ自身も仮面の男の正体を分かりかねているようだった。

 しばらく膠着状態が続いた後、仮面の男は突如踵を返して歩き始めた。


「待て! どこへ行く気じゃ!」


 ローザは思わず声を荒げた。

 すると、ウサギの獣人族リスティが口を開く。


「あなたたちとは戦わなくても十分実力が把握できるわ。セリウス王国が本腰を入れる前にはそろそろ船に戻らなくちゃいけないし……まあ、タイムアップってことね」

「我らはこれから本命と相対す。それでは、これにて失礼」


 続いてカエルの獣人族ウェインがそう告げると、三人は猛スピードでその場から走り去っていった。


「い、一体なんだったのでしょうか……」


 これにはさすがのフォルも困惑気味だった。


 嵐のように過ぎ去った三人の獣人族を前に、しばらく動けなかったローザたち。だが、しばらくたつと、


「もしや……あの男は――」


 ローザは仮面の男の正体について、何か思いついたようだった。そして、


「エステル! フォル! ヤツらを追うぞ!」


 そう叫んだかと思うと、愛用の箒に跨って大空へと舞い上がった。


「え? え? ろ、ローザさん!?」

「随分と鬼気迫るものがありましたね。……エステル様」

「分かっているわ。追いましょう、フォル」

「はい」


 具体的な理由は分からないままだが、あのローザの慌てた様子からただ事でないと察したふたりは急いでそのあとを追うのだった。



  ◇◇◇



「手合わせありがとうございました、ゼルエスさん」

「いやあ、さすがはトア村長だ。もはや我らでは止められませんな」

「マフレナ、おまえもまた強くなった」

「わふっ♪」

「クラーラはもう少し対空技を磨くといい」

「空からの攻撃がこんなに厄介だったなんて……」


 村長チームと親父チームは顔合わせと同時に始まった両チームの腕試しが終わり、和やかな雰囲気に包まれていた。

 対戦の組み合わせとしては、


 トアVSゼルエス。

 マフレナVSジン。

 クラーラVSエイデン。


 ――という感じだった。

 互いの実力や課題も明確となり、充実した時間をすごしたのだが、すっかりサバイバル中であるということを忘れていた面々だった。

 と、そこへ近づく足音が。


「なんだか盛り上がっていると思ったら、トアたちだったか」


 現れたのはクレイブとジェンソンであった。


「あれ? クレイブもこっち側へ来たの?」

「でも、確かあなたたちってスタートと同時に反対方向へ行っていなかった?」


 トアとクラーラはまったく逆方向からサバイバルを始めたはずのエノドア自警団Aチームがこの場にいることを不思議に思ったが、その謎はすぐさま解明される。


「実は、タマキとはぐれてしまって」

「えっ!? それは大変だ! すぐに探しに行かないと!」


 トアたちのように常軌を逸した強さを誇る要塞村の面々や、クレイブたちのように訓練された兵士ならいざ知らず、つい最近エノドア自警団に加わったばかりのタマキでは屍の森にいるハイランクモンスターのエサになりかねない。

 そう判断したトアは大急ぎで探しにいこうとするが、それをクレイブが止めた。


「安心しろ。あいつは強い。ハイランクモンスターにもおくれはとらないだろうが……それでも、ひとりにしておくのは少し不安だが」

「やっぱり探しにいった方がいいんじゃない?」

「わふっ! 私もそれがいいと思います」

「うむ。事が起きてからではまずいからな」


 クラーラ、マフレナ、そしてジンも捜索に賛成。

 

「大事になる前に見つけよう!」

「みんな……」

「すまない、恩にきる」


 クレイブとジェンソンは揃って頭を下げる。

 こうして、三チームは行方をくらましたタマキを探すため、一旦サバイバルを中止して森の中を捜索することにした。



  ◇◇◇



 屍の森を移動する獣人族チーム。


「枯れ泉の魔女……噂以上にヤバいヤツね」

「さすがはボスが認めた相手……我らが束になってかかってもかなわないだろう」


 リスティとウェインは先ほど対峙した枯れ泉の魔女ことローザの強さを思い出して思わず震えた。八極時代はどちらかというとサポート役に回ることが多い彼女だが、その真の実力をふたりの後ろにいる仮面の男から何度も聞かされていた。

だから、大体の実力は把握しているつもりだったが、実際に目の当たりにすると自分たちとの実力差に恐怖を通り越して変な笑いが出てくる。


「ともかく、お目当てのひとりはこれで済んだから、あと残りのひとりを探しましょう」

「それで俺たちの役目は終わり。ここからずらかろう――て、うん?」


 獣人族三人組は動きを止めてその場に立ち止まった。

 なぜなら、視線の先にまるで自分たちを先へは行かせまいと立ちはだかったひとりの少女がいたからだ。


 黒髪に黒い瞳。

 典型的なヒノモト人の特徴を持つその少女はタマキだった。


 そのタマキの姿を目の当たりにしたリスティとウェインは怪訝な表情を浮かべる。


「あなた……もしかしてタマキ?」


 ウサギの獣人族リスティがそう尋ねると、タマキは無言のまま頷いた。


「これは驚いたな。以前会った時よりも成長していたから会場で見かけた時は気づかなかったが、こんなところで何をしているんだ? というか……おまえが着ているのはエノドア自警団の制服か?」


 リスティとウェインのふたりはタマキと顔見知りらしかった。

 が、ふたりの表情は決して再会を喜んでいるというふうではない。


「あなたがここにいるということは……もしかしてこのサバイバルのバックにいるのは『あの男』なのかしら?」

「まあ、それしかないよな。忠誠心の塊ともいうべき君が、『あの男』のもとを去って自警団に入るなど考えられない」

「そうよねぇ。捨てられたのならそのまま自殺しそうなくらいベッタリだったし」


 冗談っぽく言うふたり。

 対して、タマキはひとつ大きく息を吐くと鋭い目つきでリスティたちを睨みつける。


「言いたいことはそれだけかしら? なら、今度はこちらが聞くけど――ここへ何をしにきたの?」


 タマキがそう尋ねると、リスティは「ぷっ」と噴きだして答える。


「忘れちゃったの? 前に会った時に言ったじゃない。私たちはその時の約束を果たすためにわざわざ乗り込んできたのよ。ボスなんて不慣れな変装までして」

「! ま、まさか……あの話って本気だったの!?」


 事情を知っているタマキは驚きに声を荒げた。

 ――と、そこへ、さらに会話へと参加する者の声が響き渡る。


「これはまた随分と楽しそうだね、君たち」

「「「!?」」」


 姿を見せたのは、獣人族チームが探していた「もうひとり」の人物だった。


「「く、黒蛇……」」

「リスティ、ウェイン……君たちの探し人は私だろう?」

 

 低く、ドスを利かせたような声。

 周囲は一瞬のうちに押しつぶされそうなほどの緊張感に包まれた。

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