第231話 狙われた要塞村

 屍の森に現れた巨大アリ。

 木々を食し、森を荒れ地へと変えていくその巨大アリを前に、トアは困惑していた。


 フェルネンド王国聖騎隊時代――先輩兵士たちが、よくこれくらいのサイズの昆虫型モンスターと戦ったという経験談を語っていた。だから、大きさ自体にはまったく驚いていない。トアの動きと思考を鈍らせているのは、相手の姿そのものにあった。


「アリのくせに二足歩行とは……まるで人間のようじゃのぅ」


 ローザの指摘が、まさにトアの困惑の種だった。

 これまで見てきた虫型モンスターは、その昆虫の特徴を残したまま巨大化したものがほとんどだと聞く。だが、目の前にいる巨大アリたちは、一見するとアリだが、両手はカマキリのような鎌状に変化していた。

ただ、それよりも気になるのは二足歩行である点。さらに、足の形や数などを見るとまるで人間と融合したような姿をしていた。


 そうした特徴は、どこか獣人族とかぶる。

 マフレナのように耳や尻尾に狼の特徴が残っており、それ以外はほぼ人間と同じ――巨大アリたちはそこまで人としての特徴を有しているわけではないが、どこか獣人族と似たような雰囲気を持っている。


「……ローザさんはあの手の種族を知っていますか?」

「初めて見るのぅ……何かの突然変異種かもしれん」


 興味を抱いたローザが近づこうとすると、


「ギィィィィィィッ!!!!」


 一匹のアリが奇声を発し、鎌状の右手を振り上げた。


「む?」


 敵意を感じたローザは金縛り魔法を使い、相手の動きを封じた。――が、


「ギィッ!」


動きを封じていられたのはほんの数秒の身。もともと、レベルの低い魔法のため、力のある者ならば簡単に破れる魔法ではあるが、これでひとつ分かったことがある。


「トアよ。どうやらヤツらはお友だちになろうという気はなさそうじゃぞ?」

「そのようですね」


 マフレナたち獣人族とは違い、アリたちには言葉が通じない。よって、意思疎通を取るのは困難と判断。さらに、突然ローザを襲い、今も集団でトアたちへ襲いかかろうとしているらしく、鎌状の腕をぶつけてカチンカチンと音を鳴らしている。まるで戦闘前の準備運動をしているようだ。


「問答無用ってわけみたいね」

「わふっ! みんなを傷つけるというのなら戦います!」

「お供しましょう、マフレナ様」

「あらあら、あたしも仲間に入れて頂戴♪」

「私も加勢するぞ!」


 エステル、マフレナ、フォル、ケイス、エイデンの五人は臨戦態勢へと移る。


「敵の正体は未知数じゃが、このまま放っておけば森は丸裸……それより、エノドアやパーベルに侵入し、住民たちへ被害を及ぼすかもしれん」

「ここで食い止めましょう!」

「それしかなさそうじゃな」


 トアとローザも、応戦する構えを見せた。

 相手の数は少なくとも十以上。それに対し、こちらは七人。もしかしたら、まだどこかに隠れているかもしれないという可能性もあるが、トアたちにはそのような焦りや不安は感じさせない堂々とした態度で巨大アリたちへ立ち向かう。


「ギギッ!」


 トアたちを自分たちの邪魔をする存在とでも認識したのか、アリたちは早急に退治しようと襲いかかってくる。ただ真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる戦法を見る限り、相手に知性というものは感じられない。


「与しやすい相手のようじゃな」


 手始めとばかりに、ローザが無詠唱の風魔法で先陣を切って襲ってきた三匹を吹き飛ばす。


「わっふぅ!」


 その背後から、金狼状態となったマフレナが凄まじい跳躍でアリたちの頭上へと飛び上がると、一匹に狙いを定めて強烈なかかと落としを脳天に食らわせた。


「やるわねぇ、マフレナちゃん♪」


 そんなマフレナの活躍に目を細めていたケイスだが、自身も愛用の斧でアリを手早く仕留めていた。その手際の良さに、トアは思わず唸る。


「凄い! ケイスさんって斧使いの名手だったんですか!?」

「やぁね。学生時代にちょっとかじっていただけよ♪」


 謙遜するケイスだが、その実力は確かなものだ。セリウス王家の人間として、名門学園に通っていたらしいが、そこでの授業の一環に戦闘訓練が盛り込まれていたのだろう。とても素人の動きには見えなかった。




 そんなこんなで、戦闘――と呼ぶには一方的な展開であったが、なんとかすべてのアリを退けることができたようだ。


「あれでもう少し知性があったら、共存することもできたかもしれませんが」

「相手は虫じゃからのぅ」

 

 トアとローザがそんな話をしていると、


「わっふぅ! トア様! ちょっとこっちに来てください!」


 マフレナが何かを発見したらしく、トアを呼び寄せるため叫んだ。


「ど、どうした、マフレナ」

「これを見てください!」


 そう言って、マフレナが指さした先にあったのは――琥珀色をした謎の球体。人が腰かけられるサイズのそれが、全部で五つ転がっていた。


「な、なんでしょうか、これ……」

「ふむぅ……」


 トアはローザに球体の正体を尋ねるが、どうやらローザも見たことがない代物らしい。そこで、フォルのサーチ機能を使い、この球体の成分から正体を探ることになった。


「! これは……」

「分かったのか、フォル」

「ええ。マスター……これは樹液の塊ですよ」

「樹液?」

「なるほど。あのアリたちのエサなのね」

 

 エステルがそう分析すると、フォルも「恐らくそうでしょう」と同じ見解であるという意思を示した。


「なんだ、エサなら別に――」


 たいしたことじゃないと思ったトアだが、すぐにその考えは改められた。


「……フォル、神樹にも樹液はあるんだよね?」

「ええ。精霊女王アネス様が今も時折その樹液をおやつ代わりにしています」


 フォルの言葉を耳にした全員に衝撃が走る。


「敵の狙い……本命は――神樹ヴェキラだ!」

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