第232話 急襲

「あ~あ、私もついていけばよかったかなぁ」


 トアたちが屍の森で巨大アリたちと戦っている中、要塞村はいつもと変わらぬ穏やかな時間が流れていた。

 そんな中、緊迫した空気が流れていた代表者会議とのギャップですっかり拍子抜けを食らっているクラーラは、愛用の大剣を振り回しながらそんなことを呟いていた。


「何もないならそれにこしたことはないじゃないですか」

「そうだけどさぁ……」


 頬を膨らませながら、「それでも腑に落ちない」という態度のクラーラ。血気盛んな若者の姿を見て、同じく穏やかな時間を謳歌しているシャウナは諭すように語り掛けた。


「はっはっはっ、クラーラには退屈かもしれないが、戦いなんてない方がいいからね。このなんでもない時間こそが、もっとも贅沢な瞬間なのさ」

「……八極のシャウナさんが言うと重みが違いますね」


 大先輩でもあるシャウナの言葉には、さすがのクラーラも口をつぐむ。

 とにかく今は帰りを待とう、と鞘へ剣をしまおうとした時だった。


「!? 何か……来ますよ!」


 森の方向から気配を感じて咄嗟に剣を構えるクラーラ。シャウナとジャネットもその気配を察知しており、戦闘態勢へと移った。

 そうした動きから、危険な事態に発展するかもしれないと悟った周囲の大人たちは、シスター・メリンカを中心にしてすぐに子どもたちを要塞村の中にある教会へと非難させる。

 代わって、緊急事態の一報を受けたジンやゼルエスが集まってきた。さらに、要塞村守護竜でシロも、大事な仲間たちの住む村を守るため、ゆっくりと立ち上がって気配のする森の奥を睨みつけていた。


 ――やがて、その気配の正体が姿を現す。



「ギギギ……」


 

 要塞村にいる種族の誰も理解できない鳴き声を持つ生物。

 昆虫のアリと人間を組み合わせたようなシルエットに、クラーラは思わずギョッとした。


「な、なんなの、あいつら」

「昆虫……なのか? 以前、アネスが覚醒する際に村を襲撃した大型昆虫たちとはまったくの別種のようだが」


 昆虫型モンスターならばこれまで幾度となく目にしてきたシャウナでも、こちらに接近してくる人間と昆虫を組み合わせたような生物を見るのは初めてだった。

 誰もが対応に困っていると、巨大アリはその数をどんどん増やしていく。鎌状になった腕を擦り合わせてカチカチと音を鳴らしながら、徐々に要塞村との距離を詰めてきた。


「……あまり友好的な雰囲気ではないな」


 シャウナがそう言うと、両脇に立つクラーラとジャネットは静かに頷いた。

 昆虫嫌いであるジャネッとは顔色が優れなかったが、村の危機に自分だけ避難するわけにはいかないと、武器である巨大なハンマーを手にアリたちの前に立ちはだかった。


「やっぱり、あいつらの狙いを神樹なのかな?」


 クラーラがポツリと漏らすと、シャウナはハッと何かに気づいて振り返る。その視線の先には黄金色の魔力を放つ神樹ヴェキラの姿があった。


「……なるほど。彼らが昆虫ならば樹液を欲するのも合点がいく」

「やっぱり!」

「しかし……恐らく、真に樹液を欲しているのは彼らではなく、彼らを操っている黒幕だろうな」

「く、黒幕?」


 シャウナの口から語られた不穏な言葉。

 目の前のアリたちはあくまでも先兵であり、その背後には別の実力者がいるのだという。


「ど、どうしてそんなことが分かるんですか?」


 ジャネットがそう尋ねると、シャウナはニコッと微笑んでから、


「女の勘だよ」


 そう答えた。

 勘なのか、と脱力しかけたクラーラとジャネットだが、なぜだかシャウナの勘は異様に当たりそうな気がして、逆にプレッシャーとなった。


「いずれにせよ、彼らをこれ以上近づけさせるわけにはいかない。要塞村だけの被害で終わらず、エノドアやパーベル、それに、最近できたばかりの獣人族の村にも被害が及ぶかもしれない」

「……獣人族の人たちは食べちゃいそうな気もしますけど」


 いつかの虫料理がジャネットの脳裏によぎった。


 そんな会話を繰り広げていると、アリたちは要塞村へと迫るスピードを速め、とうとうシャウナたちに攻撃を仕掛けてきた。


「話し合いで引き下がってくれそうにはないね」


 シャウナは襲ってきたアリの攻撃を難なく回避すると、体をひねって強烈な蹴りを叩き込んだ。凄まじい勢いで吹っ飛んだアリは、数体の仲間を巻き添えにして森の木々をなぎ倒し、奥へと消えていく。


「しまった。力加減を誤った。まいったなぁ、あまり森を傷つけると、エステルやアネスに怒られてしまう……」


 失敗だ、と舌をペロッと出して謎の可愛さアピールをするシャウナだが、そのえげつない威力に虫たちはおろか仲間の村民たちでさえ唖然とする。


「しゃ、シャウナ殿に続くんだぁ! みんなで村を守るぞぉ!」


 我に返ったジンが、戦闘要員である若者たちへ声をかける。

 それを引き金に、村民たちは次々と襲い来るアリを撃破していった。


 すると、先陣を切ったシャウナが何かを発見して動きが止まる。


「ちょっ! シャウナさん、危な――」


 クラーラが動きの止まっているシャウナのフォローへ向かおうとするが、よそ見をしていてもなんなくアリを倒していく光景を目の当たりにし、改めてシャウナが八極のひとりであることを実感する。


「お? クラーラか。ちょうどいい。少し付き合ってくれないか」

「こ、こんなときにですか!?」


 いきなり何を言いだすのかと動揺するクラーラだが、シャウナの顔つきは口調とは裏腹に真剣そのものであったため、付き添うことにした。


「ジン殿、私はクラーラと黒幕の手掛かりを追う。この場を任せても大丈夫かな?」

「お任せを!!」


 戦闘中のジンにそう告げて、シャウナとクラーラは森の奥へと駆けていった。

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