第17話 二人目の八極

「自律型甲冑兵器……なんて魅力的なフレーズなんだ……ああ……もっとその端正な顔をよく見せておくれ」

「これは口説かれていると解釈してよろしいのでしょうか?」

「いいんじゃない? 付き合っちゃいなさいよ」

「簡単に言いますが、三百年間も純潔を守り続けてきたクラーラ様を差し置き、ただの甲冑兵である僕が先に大人の階段を上ってしまうというのは筆舌に尽くしがたい罪悪感を覚えるわけで――」

「ふん!」

「ぬおっ! 頭だけ吹っ飛んだ! それをフォルの体が追いかけて――凄い! 本当に中に人がいない自律型甲冑兵士だったのか!」

「……何これ?」


 ゴランと話をしにきたトアの目に映った光景は、フォルとクラーラが繰り広げるいつものやりとりに興奮を隠しきれないゴランというカオスな状況であった。


「かっかっかっ! ここはいつも賑やかじゃのぅ! 退屈せんわ!」


 ご満悦のローザ。

 その横で「やれやれ」とため息を漏らすトア。

 すると、クラーラの裏拳を食らったことで吹っ飛んだ自分の頭を小脇に抱えて戻ってきたフォルが口を開いた。


「ちょうどいいところにいらっしゃいました。この通り、ゴラン様の治療は無事に終わりましたよ」

「ありがとう、フォル……ていうか、君は君で大丈夫か?」

「はい。問題ありません」

「踏み込みが甘かったようね」

「お茶目なジョークを真に受けられても困りますよ。それに、僕だってお付き合いをするならばドワーフ族よりスタイル抜群で笑顔が素敵なビキニアーマーの方がいいです」

「あ、好みはそっち方面なのね……」

「ていうか、ビキニアーマーの笑顔ってなんだよ……」


 なぜか自慢げなフォルに、トアとクラーラは呆れたようなリアクションをとる。


「でも……本当に大丈夫か? かなり凄い音がしたけど」

「問題ありません。多少兜がへこみましたが、それくらい後でどうとでも」

「それなら俺に任せてくれ! 兜だけといわず、全身を新品同様ピカピカにしてやるぞ!」


 フォルに興味津々のゴラン。

 さすがのフォルも、その熱意に若干引き気味であった。

 ここで、ゴランはトアとローザが入室してきたことに気づき、姿勢を正して深々とお辞儀をした。


「このたびは助けていただき、誠にありがとうございました、トア殿」

「い、いやいや、急にどうしたんですか?」


 いきなりの敬語と仰々しい態度に困惑するトア。


「さらに、人間でありながら、あの枯れ泉の魔女殿に認められ、銀狼族をはじめとする多くの種族たちのトップとして君臨するあなたに対し、これまでの無礼な態度の数々……どうかお許しください!」

「だ、大丈夫ですから! 頭をあげてください!」

「そうじゃ。トアはそのようなことをいちいち気にする矮小な男ではないぞ」


 ちょっとどころじゃないとツッコミを入れようとしたトアだが、話がややこしくなるのでスルーすることに。


「ゴランと言ったな」

「へい!」

「鋼の山を根城とするドワーフ族の長は確か……ガドゲルだったか」

「知っているんですか、ローザさん」


 トアが尋ねると、ローザはうんうんと頷き、思い出を語りだす。


「ガドゲルは歴代ドワーフたちの中でも特に腕の良い職人であったからな。それに、あやつとは共に八極として前大戦を戦った仲でもある……いや、懐かしいな」


 思い出に浸るがごとく目を細めるローザ。

 一方、トアはドワーフ族の長であるガドゲルの名前から「あること」を思い出し、驚愕に目を丸くしていた。

 なぜなら、そのガドゲルもまた王国聖騎隊の養成学校時代に使用していた教本に載っている英雄の一人だったからだ。


《鉄腕のガドゲル》


 右手が鋼鉄の義手であることから付けられた二つ名。戦闘能力もさることながら、彼が八極の一人に名を連ねている最大の要素はその卓越した武器の製造技術にあった。戦争終結後は生まれ故郷へ戻り、余生を過ごしていると教本に書いてあったが、その故郷がゴランの出身地である鋼の山らしい。


「その言葉……今の親方が聞いたらきっと喜びますよ」


 ゴランの話を聞いていたローザの眉がピクリと反応を示した。


「今の――と言ったが、ガドゲルの身に何かあったのか?」

「はい……」


 ゴランは深く項垂れ、現在のガドゲルの様子について語りだす。


「親方はここ数ヶ月ずっと体調が優れず……最近では若手の指導がメインで鍛冶場に立つことがほとんどなくなってしまいました。そのせいもあってか、以前のような活気ある怒鳴り声も聞かれなくなって」

「そうじゃったか……絵に描いたような職人気質であるあのガドゲルが、まさか職人としての仕事を放棄するとは。よほど症状が重いと見える」

「食事もあまりとらず……俺はもう心配で……」


「ううう」とゴランは泣き崩れる。

かつての盟友の現状に、ローザも寂しそうな反応を返す。

 

「じゃが、確かあやつには子どもがおったはず。跡継ぎは何をやっておる?」

「そ、それは……」


 言いよどむゴラン。

 どうやら、親子関係に難ありということらしい。

 無言のままのゴランを見て、これ以上、ガドゲルのせがれの話を続けるのはよろしくないと判断したトアは話題を変えてみる。


「ところで、ゴランさんは神樹を見にいらしたんですよね?」

「あ、ああ……だが、今この場にいるだけで分かるよ。――神樹は復活した、と」


 ドワーフ族であるゴランは人間よりも敏感に魔力を感じ取れる。神樹の様子を間近で見なくても、要塞周辺を漂うその魔力に触れたことで確信したのだろう。


「ゴランはこの後、鋼の山に帰るのかの?」

「ええ」

「じゃったらワシらも同行するかのぅ。ガドゲルのヤツが弱っておるなら、見舞いにでも行って一発喝を入れてやらねば」

「それは親方も喜ぶと思います! ――で、『ワシら』ということは他にも行くので?」

 

 ゴランの問いに、ローザは当たりをグルっと見回してから答えた。


「とりあえずメンツとしてはワシとトアとフォルとクラーラの四人じゃな」

「え? お、俺たちですか?」

「この場にいる人を選びましたね」

「適当ねぇ」


 人選はともかくとして、トア個人としてはドワーフ族に関心があった。

 彼らは武器だけでなく建築技術にも長けている。

 今後、ドワーフの力を借りる場面も増えるだろうから、今のうちにトップと会って親交を深めておくのも手だ。


「じゃあ、みんなで行こう――鋼の山へ」


 こうして、トアたちはドワーフ族が根城としている鋼の山へ向かう。

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