第18話 エステル・グレンテスという少女

 トアたちがドワーフ族のゴランを救うためゴーレムと戦闘を繰り広げている頃――大陸の北の果てにあるソーレン岬にて。


「光の矢よ。主である我の願いを聞き入れ魔を滅せよ――はあっ!!」


 フェルネンド王国聖騎隊所属のエステル・グレンテスは、得意の魔法で岬近くの森に巣食ったゴブリンの群れを一掃する。彼女が呼び出した無数の光の矢によって、ゴブリンたちはあっという間に全身を撃ち抜かれて死亡した。


「す、凄ぇ……」


 同行した聖騎隊の先輩兵士たちは、エステルの底知れぬ実力を目の当たりにして開いた口が塞がらない。一つの魔法で五十体以上いたゴブリンを瞬きする間に葬り去ったエステルであったが、その表情は冴えなかった。


「だいぶ手加減したはずなのに森の木々があんなになぎ倒されて……まだまだ修行が足りないわね」


 項垂れ、そう呟くエステル。

 ゴブリンたちを一掃したことよりも、それによって生じた自然破壊に胸を痛めていたのだ。

 その背後では兵士たちがさらに大きく目を見開いて驚く。


「あれで全力じゃなかったのか……」


 それが全兵士共通の意見であった。

《大魔導士》というジョブがとんでもない力を秘めているというのは知っていた。現に聖騎隊の中にはわずか数名であるがエステルと同じ《大魔導士》を持つ者はいる。だが、ハッキリ言ってエステルの実力と比較すると見劣りしてしまう。


「見事な手並みだった」


 ひと仕事を終えて戻ってきたエステルを出迎えたのは彼女が所属する小隊をまとめるヘルミーナであった。


「君の力にはいつも驚かされる。目覚ましい成長ぶりだ」

「ありがとうございます、ヘルミーナ隊長」

「王国ではすでに『枯れ泉の魔女の後継者ができた』とお祭り騒ぎだ」

「枯れ泉の魔女様……伝説の八極の後継者だなんて、まだまだ若輩者である私には勿体ない栄誉です」


 上官であるヘルミーナから手放しに称賛をされても、エステルが気を緩めることはない。さらなる高みへの飛躍を目指す彼女は、まだまだ自分が実力不足だと感じている。


「とりあえず、後のことは他の連中に任せるとして……我々は王都へ帰還しよう」

「え? で、でも」

「まだ配属されて間もない新米兵士が一ヶ月近くも遠征に参加している――これは異例のことだぞ? そろそろ蓄積された疲労で体が悲鳴をあげる頃だ。動けなくなる前に王都へ戻ってしっかりと休養を取らないと」


 それはヘルミーナの気遣いであった。

 もちろん、体だけのことを心配しているのではない。ヘルミーナはエステルのメンタル部分のケアも考えていた。


「王都には想い人がいるのだろう?」

「! ど、どうして!?」

「君は意外と分かりやすい性格をしているからな」

「そ、そうでしょうか……」


 想い人とはもちろんトアのことである。

 エステルは魔獣に村が襲われるずっと前からトアのことが好きだった。 

 村でたったひとりしかいない年の近い男の子――そういったフィルターがかかっているのではなく、純粋にひとりの男性としてトアを意識している。


 だから、トアが《洋裁職人》と診断され、遺失物管理所送りになってからも、ずっと彼のことを気にかけていた。

 しかし、エステルはトアにどう話しかけたらいいのか分からなかった。

《大魔導士》となった自分が何を言っても、彼にとっては嫌味に聞こえてしまうかもしれないから。今日のゴブリン討伐だって、本当は笑顔でトアに報告をしたい。けれど、自分のそうした行為が彼を知らず知らずのうちに傷つけてしまうかしれない――こうしたジレンマが積み重なって、なかなかトアへ会えずにいた。

 

そんな中でやってきたゴブリン討伐任務。

 

 場所がかなり遠方になるため、しばらく王都を留守にしていたが、その間、これまでのことを振り返って、エステルはある決意を固めていた。


「帰ったら、トアに会いに行って……私の想いを伝えよう」


 王都へ向かう馬車の中で、エステルは一人静かに呟いた。



 日が暮れる頃に王都へと到着。

 場所から降りたエステルを待ち構えていたのは意外な人物だった。


「久しぶりだな、エステル」

「君の活躍ぶりはこちらにも届いているぞ」

「エドガーくん? それにクレイブくんまで」


 エドガーとクレイブ。

 どちらも養成学校時代を共に過ごした同期の仲間である。


「わざわざ迎えに待っていてくれたの?」

「まあな。……ちょっとおまえに話さないといけないことがあって」


 いつもの軽いノリは鳴りを潜め、神妙な面持ちで語るエドガー。その様子から、エステルは相当深刻な問題が発生したに違いないと読んだ。


「どうか……取り乱さずに聞いてもらいたい」


 ダメ押しするように、これまた静かな口調でクレイブが言う。


「え? え? ど、どうしたの? なんか怖いよ、二人とも。もしかしてこれドッキリ?」


 いつもはあまり見せない二人の雰囲気に気圧されて、エステルはふざけてみせる。が、どうやらそうしたおふざけが通じない話らしい。

 いよいよこれは覚悟を決めなくてはならないと腹を括ったエステルはキュッと口を引き締めて二人に問う。


「何が……あったの?」


 少しの間を置いてから、クレイブが告げた。


「トアが聖騎隊を辞め、王都を出た。現在、全力で行方を追っているが、未だにその消息は掴めていない」

「っ!?」


 トアがいない?

 クレイブの言葉を最初は理解できなかった。

 頭の中で何度も反芻させて、ようやくその意味を知った時――エステルは気を失った。


「お、おい!」


 崩れ落ちそうになったところをエドガーが抱きかかえ、すぐに聖騎隊の医療班がいる宿舎へと運んだ。

 

 検査の結果は過労であった。

初めての遠征による精神的、肉体的疲労とトアがいなくなったことが追い打ちになったのだろうという。


 とりあえず大事でないことを知ったクレイブとエドガーは、医療宿舎から自分たちの住む寮へ戻る道中でこれからの話をしていた。


「まさか気を失うほどショックだったとは」

「それほど、彼女にとってトアの存在が大きいのだろう。……ところでエドガー、調査はどこまで進んでいる?」

「親父に頼んで商会の力を貸してもらっているが、ハッキリとした居場所は未だ特定に至ってねぇ」


 エドガーの父は大陸でも五指に入る大商人のスティーブ・ホールトン。

 全国に支店を持つホールトン商会の代表であり、その顔の広さは業界屈指だ。

 そんな父親の力を借りて、エドガーはトアの行方を追っていた。

 父スティーブも、面識のあるトアを「今時珍しい誠実な若者」と気に入っていたので、捜索には喜んで協力をしてくれた。


「とりあえず、大陸にある全港に渡航者記録を問い合わせてみたらしいが……そこにトアの名前はなかったようだ。あのクソ真面目なトアのことだから、正規の手続きなしに船に乗り込んで不法出国なんてマネはしないだろう。つまり――」

「トアはまだ大陸内のどこかにいるということか」

「俺はそう睨んでいる。……ただ、それでもかなりの範囲だし、大陸から出ていないというのも憶測の域を出ねぇ」

「結局のところ、手掛かりはほぼなし、か」

「面目ねぇ……」

「どうしてエドガーが謝るんだ。大丈夫……必ずトアを探してだして呼び戻す」

「……だな。ったく、あの色男め。聖騎隊のアイドルであるエステルを泣かせるとは許せねぇな」

「ふっ、そうだ。おまえはそうでなくちゃな。報告では明日の昼にはネリスも遠征から帰って来る。あいつも遠征先で情報を集めていたらしいから、それにも期待だな」


 冗談っぽく言って場を和ませるエドガーに、クレイブは笑いながらそう言った。


「エステルだけでなく、俺だってトアを必要としている。この迸る想いを伝えるために、必ずや見つけてみせるぞ」

「……それ、絶対にエステルの前では言うなよ」


 エドガーの脱力しきったため息は、夕風に流れて茜色の空へと舞い上がる。

 トア捜索への道のりはまだ始まったばかりだ。

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