第19話 ドワーフ族の事情

「ここが鋼の山か……」


 トア、クラーラ、フォル、そしてローザの四人はゴランと共に鋼の山を訪れた。

 周囲は草木がろくに生えていない何もない荒地で、生き物の姿も見られない。割と近い位置にあって、しかも標高の高い目立つ山なのだが、狩りへ出た者たちからの情報がなかったのはそれが原因だろう。


「こっちです」


 ゴランに案内されて進むと、やがて高い岩壁が姿を現した。


「まさか……ここを登るとか?」

「いえいえ」


 トアの心配をよそに、ゴランは周囲を見回すと岩壁の一部をトントンとまるでノックをするかのように叩く。すると、地響きと横揺れを伴って岩壁が割れ、その中から鉄製の頑丈そうなドアが出現した。


「さ、さすがはドワーフね。入口一つにこの力の入れようとは……」

「変なところに拘るのは職人の性とでも言うべきでしょうか」


 クラーラとフォルは大仕掛けの入り口に感心していた。一方、かつてここを訪れた経験のあるローザは特に反応を示すことなくさっさとドアを開けて中へと入っていく。


「あ、ちょ、ちょっと! ローザさん!」

「みなさんもどうぞ中へ」


 スタスタと先を行くローザに遅れないよう、トアたちはゴランと共にドワーフたちの住処である扉の向こうへ――そこで待っていたのは圧巻の光景であった。


「うおっ……」


 トアは思わず驚きの声をあげた。

 そこはドワーフたちの工房であり、ゴランのような髭モジャの小柄なおっさんたちが何やら一生懸命物作りに励んでいた。


「ささ、親方はこちらにいます」


 ドワーフたちの作業に見入っていると、ゴランがそう言ってさらに奥へと進んでいった。この時、すでにローザは親方ことガドゲルの部屋に入ったらしく、それらしき一際豪勢な造りの扉が半開きの状態となっていた。

 ローザに遅れること約一分。

 トアがノックをし、「失礼します」と断りを入れてから部屋の中へ。

 まず目に入ったのはローザの小さな背中――その向こうに座るドワーフこそ、伝説の八極の一角である鉄腕のガドゲルであった。


「久しいのぅ、ガドゲル。随分と老けたじゃないか」

「ローザか……おまえはいつ見てもガキみてぇなツラしてんな」


 その存在を知る者であれば、誰もが臆してしまう伝説の英雄枯れ泉の魔女に対してあのような態度を取れる存在――即ち、同格である八極のひとり。


「あれが……鉄腕のガドゲル」


 小柄なおっさんという点は他のドワーフ族と変わらないが、顔を含め、至るところに刻まれた痛々しい傷の数々が歴戦の勇士であることをこれでもかと証明している。右腕は鉄腕の二つ名が示す通り、銀色に輝く義手だった。


「うん? 後ろにいる連中は誰だ?」

「おっと、紹介が遅れたな。ワシの連れだ」

「連れだって? おまえが誰かとつるむなんて珍しいじゃねぇか」

「まあのぅ。じゃが、真ん中におるトアという少年が神樹をよみがえらせたとしたら――どうじゃ?」

「! あのガキが神樹を? おまえが何十年と研究してきてうんともすんとも言わなかったあの神樹を復活させたっていうのか!?」


 驚愕するガドゲル。

 トアとしては教本の記述でしか知らない伝説上の存在が自分を見て驚いていることに驚いている状況だった。


「なるほどねぇ……おまえさんが興味を抱くのも分かるな」

「じゃろ? ただ、どちらかといえばそっちの甲冑兵の方が、お主の趣味に合った存在といえるじゃろうな」

「え? 僕ですか?」


 いきなり話題の中心に振られたフォルはちょっと困り気味。


「見たところ普通の甲冑のようだが?」

「あやつは旧帝国の忘れ形見じゃ」

「! じゃ、じゃあ、あの完全自律型の甲冑兵か!」


 ローザが無言で頷くと、ガドゲルは歓喜の雄叫びをあげた。


「な、なあ、あんた……悪いがちょっと解体させてくれねぇか」

「解体にちょっとも何もないと思うのですが」

「大丈夫! 大丈夫だから! 先っちょだけだから!」

「いや、あの、ホント勘弁してください」

「あのエロアーマーが押されているなんて……これが八極の実力なのね!」


 グイグイと迫る髭面のおっさんをなんとか回避しようと躍起になるフォル。そして変なところに感心しているクラーラ。その横ではローザが野次を飛ばして盛り上がっていた。


「あの、そろそろ本題に――」


 混沌としてきた展開に歯止めをかけるべく、トアが声をかけたまさにその瞬間であった。



「うるさああああああああああああああああああああああああああい!!!」



 ガドゲルの部屋にある扉の一つが勢いよく開けられ、そこから現れた緑色の髪に眼鏡をかけた十二、三歳ばほどの少女。唐突に出現した彼女の怒鳴り声で場は一気に静まり返った。


「お父さん! 私が執筆活動中は静かにしってあれほど――はっ!」


 怒鳴っていた少女は周りの視線を独占していることに気づいた少女は一瞬にして赤面し、キッと眼鏡越しの瞳を細めてきつめの眼光をガドゲルへと向けた。


「お、おお、お客さんが来るなら先に言っておいてよ!」

「いや、予定にない来客だったんで――」

「知らない! お父さんのバカ!」

「っ!」


 バタン!

 勢いよく開けられた扉は再び勢いよく閉じられた。


「はあー……なんてことだ。俺はまた娘に嫌われるようなことを……」


 それまでのテンションが嘘だったかのように激しく落ち込むガドゲル。その悲し気な背中には英雄である八極の名残は見受けられない。


「ガドゲルよ、子どもがいるとは聞いていたが……まさかさっきのが?」

「ああ……俺の愛娘のジャネットだ」


 今にも死にそうな声でガドゲルは告げた。それだけでは情報不足だと感じたのか、ゴランがこっそりと追加情報をもたらしてくれた。


「最近、ジャネットお嬢さんが反抗期に入っちまったのか、今みたいないざこざが頻繁に起こるようになってしまって」

「それで元気がなかったのか。いやはや、鉄腕と恐れられたあのガドゲルが、自分の娘の言動にここまで翻弄されるとはのぅ。……というか、まさか最近ガドゲルの調子が優れないというのは――」

「お嬢との喧嘩が原因です」


 ただの親子喧嘩と一蹴したローザであったが、ガドゲルのあまりの落ち込みっぷりに事態の深刻さを感じ取った。


「執筆と言っておったが、物書きをしておるのか?」

「まだ見習いみてぇなものだ。……勿体ねぇ話だ。あいつが本来のジョブ通り鍛冶職人に専念すれば、間違いなく俺を越えるほどの職人になれるっていうのに」

「鉄腕をしのぐほどの職人に?」


 この発言にはトアたちも驚きを隠せない。


「娘さんはそんなに凄い才能の持ち主なんですか?」

「凄いなんてモンじゃねぇさ。贔屓目なんかしなくても断言できる。うちの娘はは本物の天才だ。……まあ、それももう叶わぬ夢だが」


 鍛冶職人として一級品の素質を持つジャネット。

 だが、彼女は今、執筆活動に夢中で鍛冶の仕事は眼中にない。


「そのような逸材を放っておくのは忍びないのぅ」


 盟友の落ち込みようとその盟友が認めた逸材の存在。

 さすがにこのまま放置しておくわけにもいかない。

 そう判断したローザはトアにある提案を持ちかけた。


「のぅ、トアよ」

「なんですか?」

「ワシらで少し説得してみようか。――あの鋼姫を」

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