第360話 要塞村・秋の図書館ウォーズ⑥ もうひとりのトア
偽エステルと偽マフレナを撃破した一行は、とうとう玉座があると思われる部屋の扉の前までやってきていた。
なぜここが玉座と分かるのか――それは、華美な装飾が施された、「いかにも」といった感じのドアだったからである。
「いよいだね」
「ええ」
気を引き締めるトアとクラーラ。
それはメディーナとメルビンも同じだ。
八極であるローザとシャウナも、この先に何が待ち受けているのかまったく予想できないため、いつになく険しい顔つきだった。
ひとつ深呼吸を挟んでから、トアはその重々しい扉をゆっくりと開けていく。
その先に待っていたのは――磔にされたジャネットと、両脇に立つふたりの人物。うちひとりはクラーラに瓜二つだった。
「!? わ、私!?」
エステルやクラーラの偽物が出てきた時に覚悟はしていたが、こうして実際に自分そっくりの偽物が出てくると、さすがに動揺の色は隠せない様子。
一方、もうひとりの方は甲冑を着込んでおり、素顔は分からない――が、その甲冑というのがどう見てもフォルだった。
「まさか……本物と同じように、あの中には人がいないんじゃ?」
そう語るトアの声に反応したのか、甲冑を着込んだ自分はゆっくりと兜を外す。その素顔とは――
「!? 俺じゃないか!?」
フォルを着込んでいた人物は、トアにそっくりだったのだ。
「どうやら、あのふたりがバルコガノフの世界を守る最後の兵のようじゃな」
と言って、ローザが杖を構える。
他の五人も同様に戦闘態勢へと移行。
それを見た偽トアは、
「くくく……」
額に手を添えて、静かに笑った。
「愚かな者たちだ。……古より受け継がれし我が魔力の前にひれ伏すがいい! はーっはっはっはっ!」
「「「「「「…………」」」」」」
偽トアは信じられないくらいテンションが高く、普段のトアとは似ても似つかない性格をしていた。
「あの……つまり、ジャネットの中のトアのイメージってあんな感じってことですか?」
「いや、あれはただの願望じゃな」
「な、なら、たまにあんな感じでジャネットに話しかけたりした方がいいんですかね……?」
「忘れてあげることが一番だと思うよ、トア村長」
ジャネットの中の理想とするトア像については一旦スルーするとして、問題はあのふたりに勝てるかどうか。
「トア……聖剣の調子は?」
「問題ない。異空間でも絶好調さ」
「なら――ここは私たちで食い止める!」
ふたりは揃って一歩前に。同調するかのようにして、まったく同じタイミングで前に出る偽物のトアとクラーラも前に出た。
「ここはあのふたりに任せても大丈夫そうだね」
「うむ。ここ最近の修行の成果を見せてもらうとするかのぅ」
「トア村長! それにクラーラさん! 頑張ってください!」
「大丈夫でありますよ、メルビン殿。あのふたりなら楽勝であります」
ギャラリーに徹するシャウナたちは、トアの勝利を確信している。
もちろん、戦う本人たちも、負ける気など毛頭ない。
「外見はコピーできても、中身までそうとは限らないはず!」
「当然でしょ!」
トアは聖剣に魔力を込める。
ジャネットが聖鉱石を加工して作ってくれた聖剣だ。
この剣のおかげで、今まで村を守って来られた。
「今度はジャネット――君を救う番だ!」
その言葉に呼応して、トアの魔力が跳ね上がる。
「愛だね」
「愛じゃな」
「愛ですね」
「愛でありますな」
「……羨ましい」
トアの爆発的な魔力にそれぞれが感想を言い終えた直後、偽トアがトアへと飛びかかる。どうやら、明確に魔力量が多いトアを優先して仕留めようとしてきているようだ。
――が、
「はあ!」
わずかひと振りで偽物を蹴散らした。
魔導新書バルコガノフの魔力を受け継いでいるとはいえ、神樹ヴェキラの加護に守られたトアの前では太刀打ちできず。
「さすがはトアね! 私も負けていられないわ!」
トアの活躍に触発されたクラーラは、自身の偽物と対峙。相手も同じように大剣を武器としているが、スピードやパワーには歴然の違いがあり、こちらもわずか一撃で打ち破ることができた。
「頼もしく成長しておるのぅ」
「まったくだね」
ふたりの戦いぶりに、ローザとシャウナも満足げだった。
「さあ、あとはジャネットを連れて本の外へ――」
「そうはいかんぞ」
磔にされたジャネットへ近づいたトアへ語りかける低い声。
その声には聞き覚えがあった。
「バルコガノフ……」
ジャネットをさらった張本人であり、要塞村図書館で聞いた声――魔導新書バルコガノフのものであった。
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