第359話 要塞村・秋の図書館ウォーズ⑤ 秘密

 魔導新書バルコガノフによって、本の世界にさらわれたジャネット。 

 トアたちは救出のためにその世界へと足を踏み入れ、とうとうジャネットが捕らえられている可能性が高そうな、いかにも怪しい感じのする城へと入った。


「不気味なところね……」

「ああ……初めて入った時の地下迷宮に感覚が似ているな」


 トアとクラーラのふたりを先頭に、城内を進んでいく。

 バルコガノフが生み出した空間に存在する城ということだけあって、生活感をまったく感じない。もっと言えば、人の気配を一切感じないのだ。

 まるでついさっき建てられたばかりのような美しさを誇るこの城だが、その静けさが異様な雰囲気に拍車をかけていた。


 ゆっくりと進む一行の前に、突如ふたつの人影が飛び出してきた。

 それは、


「エステル!?」

「マフレナまで!? どうしてここにいるのよ!?」


 驚くトアとクラーラ。

 だが、ローザとシャウナにはふたりの正体が分かっていた。


「落ち着くんじゃ、トアよ」

「あそこにいるふたりはジャネットの記憶によって生み出された偽物だ。この世界に来た直後に出会ったエノドア組と同じだよ」

「! そ、そうだった」


 トアはハッと我に返る。

 メルビンやメディーナも本物だと思っていたようで、ローザの話を聞くとホッと胸を撫で下ろしている。


 冷静になってエステル(偽)とマフレナ(偽)を見ると、明らかにこちらへ敵意を持った眼差しを向けている。本物のふたりならば、トアたちを相手に断じてあのような表情をしたりしないだろう。


 だが、冷静になってふたりを眺めたトアたちは、表情以外にもおかしな点があることに気がついた。


 それは服装だ。

 エステル(偽)とマフレナ(偽)が身にまとうその服は、いつもふたりが着用しているものではない。それよりもずっと肌の露出が多く、もはや下着といって過言ではなかった。


「ほほぅ……実に素晴らしいな」


 シャウナはニヤニヤと腕を組みながら見つめ、メルビンとメディーナの間には気まずい空気が流れる。トアもさすがに偽物相手とはいえ直視は難しいようで、目をそらす。


 それぞれが反応を示す中、


「…………」


 クラーラはなぜか呆然と立ち尽くし、頬は紅潮。しばらくするとプルプルと小刻みに震えだしたのだ。


「? ク、クラーラ?」


 様子がおかしいクラーラに声をかけるトア。しかし、クラーラは特に反応を見せずそのままだったが、やがて小さな声で呟いた。


「どうして……アレを着ているの……」


 震えた声で、そんなことを言うクラーラ。


「ど、どうしたんだ?」

「…………」

「クラーラ?」


 トアが近づくと、それを拒むようにドスンと愛用の大剣を床へ叩きつける。


「ごめんトア……ここは私に任せてくれない?」

「あ、う、うん」


 静かな気迫をにじませて、クラーラは大剣を構えると、自慢の剣技でエステルとマフレナの偽物を両断。クラーラに斬られたふたりは黒い霧となって消滅した。


「す、凄い……」


 クラーラの迫力に驚くトアたち。

 ただ、シャウナにはクラーラの気迫に心当たりがあるようだった。


「トア村長。あのふたりの服装だが……あれは今巷で噂の寝間着なんだ」

「は、はい? 寝間着?」

「そう。主に恋人がいる人用の物でね。あれを着たまま恋人と一夜を過ごすと……」

「過ごすと……?」

「おっと、ここから先を語るのは野暮というものだな」


 シャウナはニヤニヤしながら手で口を押さえる。

 明らかにこの状況を心から楽しんでいた。


「ただ、なぜジャネットはあの寝間着をエステルとマフレナに着せたのか。そして、ふたりはなぜ君の前に現れたのか。そして、なぜそのことをクラーラは知っていたのか。……さて、なぜだろうねぇ?」

「…………」


 トアは俯いて何も言えなくなる。

 

「ふぅ……これで私たちの秘密は守られたわ!」


 大剣を床に突き刺し、額の汗を拭うクラーラ。

 守られたと思っていた秘密が、実はシャウナを通して筒抜けになっているなど、この時は知る由もなかったのである。

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