第248話 その名は《魔界》
「っ!?」
部屋へと入ってきた女性を視界に捉えたトアは、驚きのあまり目を見開き、開いた口がふさがらず、二の句を告げずにいた。
肌の色は当然そうだが、目も人間とはだいぶ異なる特徴があった。
右目は人間でいう白目が黒くなっている、いわゆる反転目。左目は眼帯に隠れてよく分からないが、恐らく右目と同じだろう。さらによく見ると、側頭部からは二本のいびつに曲がった角と細長い尻尾まで生えていた。
それ以外は、特に人間と変わりない。
二本の足で立ち、腕も二本。
角と尻尾を隠したシルエットは完全に人間だった。
ちなみに、トアが女性と判断した理由は、水色をした髪が腰の位置まで伸びていたことと、女性特有のスタイルからだった。
「まあ、予想通りの反応でありますな」
呆気に取られているトアを尻目に、現れた女性は淡々とそう告げる。まるで、このようなリアクションを取られることに慣れているかのような態度だった。
「き、君は……ていうか、ここどこ!?」
「それもまた当然の質問でありますな。とりあえず、お連れの方々がいる部屋へ移動しましょう。案内するであります」
「えっ? あっ――」
そこで、トアは思い出す。
光に呑み込まれたのは自分だけではない。
エステル、シャウナ、フォル――他の三人の安否が不明だった。
「ほ、他の三人は!?」
「すでに目覚め、別室で待機しているであります。体調は万全。怪我もなく、今は優雅にお茶と菓子を食べながら、貴殿が目覚めるのを待っていますよ」
「は、はあ……」
なんだか変わった喋り方の女性。
トアよりも少し年上――人間の年齢に換算すれば、二十歳前後だろうか。着ている服はどことなくフェルネンド王国聖騎隊の制服に似ていた。
「それと、大前提として、自分はあなた方の敵ではありません。そのことはどうか信じていただきたいであります」
「わ、分かったよ」
あっさりとトアは彼女を信頼した。
とても嘘をついているようには見えなかったし、何より態度や口調といったひとつひとつの仕草にまったく敵意を感じなかった。
「それでは、参りましょうか」
女性は踵を返して歩きだ――そうとしたが、再びこちらへと振り返る。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は魔人族のメディーナと言います。以後お見知りおきを――トア殿」
「! どうして俺の名前を?」
「シャウナ殿から聞きました。あの方のお知り合いなら、信頼できると判断し、こちらで保護したのです」
「シャウナさんを知っているんですか?」
「もちろん。あの方は、我が主であるカーミラ様が人間界へ飛ばされた際に大変お世話になった方ですから」
「へっ?」
シャウナに世話になったというメディーナの主ことカーミラ。
そのカーミラという名に、トアは覚えがあった。
それは、マフレナを連れて地下古代迷宮へ行った際に、シャウナが口にした言葉だ。
『彼女は自身をカーミラと名乗った。それと、外見はマフレナくらいの若さだったが、魔人族の住む世界――魔界を統べる女王とも言っていたな』
八極のひとり――《魔人女王》と呼ばれていたのがカーミラだ。
シャウナの話によると、カーミラは魔界に住む魔人族を統べる女王だという。
と、いうことは、
「まさか……ここって……」
声を震わせるトア。
対して、メディーナは静かに頷くことで答える。
「ここは――魔界なのか!?」
◇◇◇
トアたちが消息を絶って十分。
すでに要塞村中にその知らせは行き届いていた。
村だけでなく、その噂はエノドア、パーベル、そして領主ファグナス家にまで伝わり、大騒動へと発展していたのだ。
「トア! エステル!」
「トアさん! フォル!」
「トア様! シャウナさん!」
大きく取り乱すクラーラ、ジャネット、マフレナの三人。
すぐにでもトアたちを救出に向かおうとするが、何ひとつ手掛かりのない状態では探しようがなかった。
動揺していたのはクラーラたちだけではない。ジンやゼルエスをはじめとする村民全員が、謎の光に吸い込まれて行方不明となったトアたちの安否を心配していた。
村どころか領地全体に動揺が広がりつつある中、
「ふむぅ……」
シャウナと同じ八極のひとりである枯れ泉の魔女ことローザ・バンテンシュタインは、神樹に起きている異変に気づいていた。
「神樹の魔力が乱れている……それもこれは……外部からの干渉? しかし、一体どこからじゃ? そもそも、神樹の魔力に干渉できる者など――っ!?」
神樹を見上げていたローザは、そこである人物の姿が思い浮かんだ。
「カーミラ……か?」
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