第247話 見知らぬ世界

 地下古代迷宮。


 かつて、帝国が生んだ天才魔法学者――レラ・ハミルトンが発見し、ここからさまざまな魔法兵器のアイディアを得たとされる場所。


 その謎を追いかけ、調査を続けているのが、大戦時、レラ・ハミルトンと対峙した経験のなる八極のひとり、黒蛇のシャウナだった。


 世界を救った英雄のひとりであるシャウナは、考古学者としてもその名を知られていた。そういった意味では、八極の中でもっとも知名度がある人物ともいえる。


 そんなシャウナだが、この日はどうも様子がおかしかった。


「うぅ……あぁ……」


 うつろな眼差しで、天を仰いでいる。

 

「あれは相当重症だね……」

「ええ。しかし、いつも自信満々なシャウナ様に、一体何があったのでしょうか」

「やっぱり、地下古代迷宮絡みかしら?」


 トア、フォル、エステルの三人は珍しく落ち込んでいるシャウナを心配していた。


「とりあえず、原因を聞いてみようか」


 シャウナがひどく落ち込んでいる原因を知るため、トアは直接本人に尋ねることにした。



 トアたちがシャウナに異変のことを尋ねると、「まあ、こっちへ来てくれ」といって案内されたのは――やっぱり地下古代迷宮だった。


「私が思い悩んでいたのはここの進捗状況だ」

「と、いうと?」


 トアの追及に、シャウナは答えていくのだが、やはりいつもと比べて歯切れが悪い。


「一進一退……目に見える成果を得られず、申し訳ない限りだ」

「そんな、まだ調査は始まったばかりじゃないですか」

「そうですよ。弱気になるなんてシャウナさんらしくないわ」

「エステル様の言う通りです」


 トア、エステル、フォルの三人は、地下古代迷宮の奥にある都市遺跡へ、シャウナから発掘の経過について報告を受けたが、シャウナの想定通りには進んでいないようで、珍しく落ち込み気味だった。


「あちこちに残された古代文字は割と解読できたのだけどねぇ……それの意味するところがサッパリで」

「えっ? 古代文字って解読できたんですか?」

「まだ完璧とはいかないが、大体は、な」


 古代都市遺跡に散見できる謎の文字群。 

 シャウナはこれを、一部とはいえ解読できたのだという。


「いや、だが……全盛期の私ならばもっとこうスムーズにできたはずなんだ。さすがにも年なのか……」

「シャウナ様の場合、いつ頃が全盛期なのか分かりづらい気がしますが……」


 要塞村の中でも、実は高齢の域に達しているシャウナ。

 その全盛期は千年単位で遡るかもしれない。


「古代文字……か」


 トアが周囲を見回していると、急に辺りが明るくなった。

 ――それは、トアの全身から溢れる金色の魔力。つまり、


「!? な、なんだ!? 神樹の魔力が!?」


 最初はわずかな光だったが、それは短時間のうちに強烈なものへと変化していき、トアの全身を包んだ。


「トア村長!?」

「トア!?」

「マスター!?」


 三人はまばゆい光に包まれたトアへ手を伸ばすが、やがて視界はふさがれ、ついには意識を失ってしまったのだった。



  ◇◇◇



「ぐっ……」


 トアが目覚めると、そこはベッドだった。

 最初は誰かが要塞村の一室へ運んでくれたのかと思ったが、よく見ると造りが全然違うことに気づく。慌ててベッドから飛び降ると、改めて周囲を見回してみる。


「ど、どこだ、ここは……」


 地下古代迷宮にいたはずが、石造りの見知らぬ部屋の中にいた。

 ベッドと外へつながっている扉以外これといって何もない、殺風景な部屋――いや、たったひとつ、窓だけが存在していた。

 トアは現在地のヒントとなるものがないかどうか、外の景色を確認しようと窓へと近づいていったが、やがてその足は止まってしまう。


「こ、これは……」


 窓の外に広がっていたのは森。

 ただ、木々を覆う葉の色は黒く、空は薄い赤色をしていた。


「ど、どうなっているんだ……」


 風景は要塞村で見慣れている森――ただ、その色彩だけはまったく異なっていた。呆然とするトアだが、この部屋に近づいてくる足音に気づくとハッと我に返って表情を引き締めた。

 

 敵か味方か――それすら分からない。

 周りには武器になりそうな物もない。


 どうするべきか、行動に悩むトア。その答えを導きだせない中、足音はトアの部屋の前で止まった。


 ゴクッと唾を飲む。

 その直後、扉をノックする音が。そして――



「起きていますか?」


 

 優しげな女性の声だった。

 それにホッとして気が緩んだのか、トアは思わず「はい」と返事をしてしまう。

 もうちょっと慎重に対応すべきだったと軽率な行動を反省したが、一度返事をしてしまったことで、扉はゆっくりと開いた。


「調子はどうですか?」


 部屋に入ってきたのは――紫色の肌をした女性だった。

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