第249話 魔人族の事情
メディーナに案内され、やってきたのは建物の中庭だった。
外に出たことで、外の様子がハッキリと分かるようになり、トアは改めて、ここが魔界であることを実感した。
「ここが魔界なのか……」
「まだ信じられませんか?」
「いや、もうさすがに実感しているよ」
乾いた笑いが込み上げてくる。
それも無理はない。
シャウナから、八極のひとりに魔界生まれである魔人女王カーミラがいると聞かされ、初めて魔界の存在を知った。魔界といえば、創作物に出てくる架空の世界だと思っていたが、まさか実在し、今自分がその魔界にいるなんて、不思議な感覚だった。
「こちらであります」
中庭を通って、その先にある扉の向こうにシャウナたちがいるという。
「……うん?」
トアは何かを感じ、おもむろに振り返った。
「やっぱり……」
「? 何かありましたか?」
「……いえ、部屋へ行きましょう」
気になったことはあったが、とりあえず、シャウナたちと会うことを優先させたトアは、ドアを開けて室内へと入った。
その瞬間、
「トア!」
「マスター!」
「来たか、トア村長」
部屋の中にはエステル、フォル、シャウナの三人が待っていた。
「よかった。みんな無事だったんだね」
「ええ。メディーナさんたち魔人族の方々に助けられて」
どうやら、ここにいる魔人族はメディーナ以外にも複数いるようだ。
そのメディーナは、「全員集まったところで、事態の説明をするであります」と告げ、トアたちを近くにあるテーブルの席へつくよう促した。テーブルにはカップが置いてあり、それは緑色の液体で満たされていた。メディーナ曰く、魔界における一般的な飲み物で、人間が飲んでも害はないらしい。
「それで、私たちはなぜ急に魔界へ導かれたんだ?」
イスに腰を下ろすやいなや、口火を切ったのはシャウナだった。
トア、エステル、フォルの三人も、魔界へやってきてしまった原因がメディーナたち魔人族にあるのではないかと疑いを持っていたが――どうやらその読みは的中したようだ。
「まず、みなさんには謝罪をしなければなりません」
深々と頭を下げたメディーナ。
それが、すべてを物語っていた。
「魔界に住む魔人族が人間界へ干渉を……?」
恐る恐るトアが尋ねると、メディーナはゆっくりと顔を上げる。その目じりには涙がたまっていた。
「すべては……我が主、カーミラ様のためであります」
「カーミラだと?」
真っ先に反応したのは、同じ八極として共に戦ったシャウナだった。
「あなたのお噂はカーミラ様からよく聞いているでありますよ。あなただけでなく、八極として共に戦った方々との思い出を、カーミラ様はいつも楽しそうに私たちへ聞かせてくれたであります」
「へぇ、あのカーミラがねぇ」
「中でも、黒蛇のシャウナの強さは凄いと語っていましたよ?」
「光栄の極みだね」
「ふっ」と小さく笑って、シャウナは謎の緑色をした飲み物へ口をつける。
「人間界の生物は魔界の生物に比べて脆い――けど、人間界には、自分が本気で戦っても勝てるかどうか分からない者たちがいる……それがカーミラ様の口癖でありました」
カーミラの話になると、平坦な口調で、落ち着いた雰囲気をしていたメディーナのテンションが上がっているように感じた。それだけ、メディーナの中でカーミラの存在が大きいということなのだ。
「それで、私たちを魔界へ呼んだことが、そのカーミラさんとどう関係しているんですか?」
エステルの核心をつく質問に、メディーナは一瞬息を詰まらせるが、これ以上隠すのもよくないと悟り、真実を語る。
「現在、この魔界はカーミラ様が女王として君臨し、治めています――が、それをよく思わない勢力もいるのであります」
「反乱軍……というわけですか」
フォルの言葉に、メディーナは無言で頷いた。
「反乱軍の目的は未だ不明ですが、カーミラ様のやり方に反発しているのは確かなようであります」
「目的が分からないというのは不気味だな。あのカーミラのことだから、圧政で恨みを買うようなことはないだろうし」
「それはありません。断言できるであります」
その点についてはシャウナも理解しているらしく、「分かっているよ」と笑顔で語った。
「反乱軍と戦うカーミラ様は、現在魔界のあちこちで起きている小競り合いを止めるために出ずっぱりなのであります。そんなカーミラ様のお疲れを少しでも癒せるよう、私はカーミラ様が人間界にいた時に食べたというある甘味を探し求めて――」
「! もしかして、その甘味を手に入れるために、人間界へ行こうとした?」
「そ、そうであります。以前、カーミラ様が人間界へ赴いた際に、召喚場所として選んだ地下都市の遺跡近くにそれがあると聞いていたので、私が直接出向いて持って帰ろうとしたのでありますが……」
エステルからの指摘を受けたメディーナは、バツが悪そうに答えた。
「なるほど。それに失敗し、逆に地下古代遺跡にいた我々がこちら側へ召喚されたのか。……というか、やはり偶発的に人間界へ来たのではなく、意図的だったわけか」
「うぅ、すべては私が浅はかであるがゆえに起きた事故……本当に、どうやってお詫びをすればよいのか……」
心底申し訳なさそうに頭を下げるメディーナ。
だが、トアはあまり気にしていない様子だ。
「大丈夫! 顔を上げてください、メディーナさん」
「えっ?」
「俺たちを元の世界に戻してくれたら、その甘味ってヤツを探してここへ届けますから」
「と、トア殿……」
「そうですよ、私たちに任せてください」
「八極ということはローザさんやシャウナさんとは同僚も同じ。だとすれば、僕らとしても放っておくわけにはいきませんね」
「僕もエステル様と同じ考えですね」
「……魔界のゴタゴタに、別世界の住人である我々は何も口出しができない――が、カーミラを励ましてやることくらいはできるさ」
トアだけでなく、エステル、フォル、シャウナの三人も協力に応じてくれるという。
「…………」
が、なぜだかメディーナの目は泳ぎまくっていた。露骨に動揺していたのである。
「あ、あの、メディーナさん?」
「ひゃい!? にゃんでありますかな!?」
動揺のせいか、活舌がひどい有様だった。
その様子から、トアの頭にある恐ろしい仮説が生まれた。
絶対に違うでしょう、と祈りながら、トアはその仮説を口にする。
「もしかして……俺たちを元の世界に帰す方法がない?」
「…………てへ♪ であります!」
次の瞬間、四人分の絶叫が魔界にこだました。
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