第219話 いざ、式場へ
ヘルミーナの友人であるイザベラの結婚式に出席予定となっている、セリウス王国軍特務兵のステッド・ネイラー。
要塞村で診療所を開くセリウス王国第三王子の情報によると、とある脱獄犯を追っている最中だというステッドが、この結婚式に出席するのには何かわけがあるのではないかと勘繰っていた。
そのため、「いざという時のために近くでサポートします」という名目のもと、クレイブたちも結婚式へ同行することとなった。
とはいえ、招待状を持っていない三人は会場に入れないため、直前まで同行する――と、いうことにしておいて、こっそり会場へ忍び込んで見張ろうという寸法だ。
目的の町へ到着すると、ヘルミーナはイザベラに会うからとひと足早く式場がある教会へと向かった。
それを受け、クレイブたちは式本番の際に見張るポイントについて周辺をくまなく調べていく――その途中で、こんな話題が出た。
「なあ、その特務兵のステッドって人……どんな人だと思う?」
「ケイスさんの話だと相当なエリートよね。きっと理知的で清潔感のある爽やかな人なんじゃないかしら」
「だが、その特務兵が動いているとなると警戒を怠るわけにはいかない。前にオーストンで会った、あの囚人服の男がどこかに潜伏している可能性もある」
「「…………」」
「なんだ、その顔は」
真面目な話をしていると、エドガーとネリスから抗議とも受け取れる不満そうな顔を向けられた。
「警備も大事だがな、クレイブ……これはチャンスでもあるぞ?」
「チャンス? 誰になんのチャンスがあるんだ?」
「ヘルミーナさんに結婚のチャンスよ!」
珍しく熱の入った大声で迫ってきたのはネリスだった。
「この前の結婚詐欺事件以降、ヘルミーナさんは明るく振る舞ってこそいるけど、内心ではきっとひどく傷ついていると思うの」
「そ、そうなのか? そんなふうには――」
「そういうものよ!」
「は、はい……」
ネリスの熱意に押されて、思わず敬語で答えてしまうクレイブ。
「でも、もし、今回の結婚式場でふたりがこんな出会いをしたなら――」
『いやぁ、素敵なお嬢さんだ』
『素敵だなんてそんな……』
『どうです? 今度一緒に上腕二頭筋を鍛えませんか?』
『はい。喜んで……』
「そう言って見つめ合うふたりはやがてお互いの筋肉を――」
「待て待て。なんか方向性がおかしくなってきたぞ」
エドガーからの的確なツッコミのおかげで現実へと帰還したネリスは、「コホン」と咳払いをひとつ挟んでから話を続ける。
「ともかく、今回の結婚式を通じてヘルミーナさんに素敵な出会いがあるように私たちで応援しないと!」
「ちょっと待て、ネリス……当初の目的と大きくずれているぞ」
ネリスの中では非常時に備えた警護という名目でなく、ヘルミーナの婚活という内容にすり替わっていた。
これには訳がある。
エノドア鉱山で採れる魔鉱石を盗みだすため、自警団副団長であるヘルミーナを利用しようとしたロニーたちの件で、ネリスは人一倍怒りに燃えていた。
心からヘルミーナを尊敬し、長年彼女のもとで仕事をしてきたことと、さらに同性だからこそ分かる心痛み――それらがきっかけとなり、ネリスはこれまで以上に強い思いでヘルミーナと接するようになったのだ。
「ネリスのヤツ……なんだか性格が変わっていないか?」
「ほら、あいつって姉妹がいない、ひとりっ子だろ? おまえにはミリアがいたし、俺には従妹だけど実質姉弟みたく育ったナタリー姉貴がいる。言葉にしなかったけど、羨ましかったみたいだぞ」
「しかし……少し熱が入りすぎている気がするが……」
いつにも増して気合が込められているネリスの瞳に若干引きつつ、クレイブたちは周辺の調査を再開したのだった。
◇◇◇
夕方になると、式場周辺に人混みができ始める。
この町の風習として、結婚式は町全体で祝うというものがあるらしく、式には参加しなくても外で盛大に騒ぐらしい。
クレイブたちは見晴らしのよい家屋の屋上に陣取り、町全体の様子を見つつ、人々の動きを監視していた。
「特別おかしな者は紛れ込んでいないようだが」
「例の囚人服の男もいないみてぇだな。あんだけ目立つ服装なわけだし、すぐに見つかりそうなもんだけど」
「あんな格好ではさすがにうろつかないだろ」
至って平和な町の雰囲気に、思わずふたりの気持ちは緩む。
その時、
「あっ!!」
会場付近を見張っていたネリスが叫ぶ。
「どうした!?」
「あの囚人服の男がいたか!?」
「あ、あれを見て……」
ネリスが震えながら指さした先にいたのは――スキンヘッドの偉丈夫。
「あの大男がどうかしたのか?」
「受付にいるところを見ると、招待客のようだな」
「あの人……今受付に自分の名前を書いたの――ステッド・ネイラーって」
「「…………」」
絶望に染まるネリスの表情を、クレイブとエドガーはため息を交えながら眺めていた。
セリウス王国の中でもエリート中のエリートしかなれない特務兵。ネリスがヘルミーナの相手に相応しいと思っていたステッドは、ヘルミーナの好みのタイプであるレナード町長のようなスマート&爽やかイケメンでなく、どちらかというとジェンソン寄りのムキムキマッチョマンだったのだ。
「あちゃ~……こりゃ完全にダメだわ」
「レナード町長とは正反対の見た目だな」
「うぅ……」
落胆するネリスをよそに、ステッドに続いてヘルミーナが会場へと入っていく。
「さて、いよいよだな」
「ケイスさんからは太鼓判をもらっていたから、テーブルマナーなんかも大丈夫とは思うが」
「フォルとメリッサが協力してわざわざ毎日フルコース料理を用意してくれた成果を見せないとね」
とりあえず、目に見えて不穏な空気は感じられない。
「なんとかこのまま終わってくれればいいんだが……」
「……なあ、クレイブ」
ここで、エドガーが珍しく真剣な口調で話し始めた。
「仮にだが……もし本当にオーストンの町にいた、巨人族を一撃でぶっ飛ばしたヤツがいたとして――目的はなんだ?」
「確かに……この町はエノドアみたいに魔鉱石が採掘されるわけでもないし、何が目的でここへ来るのかしら」
「そう思うと、やっぱそのステッドって人は友人の結婚式に出席するのが目的なんじゃないか? ケイスさんが深く勘繰りすぎたんだよ」
「だといいが……」
それでも警戒を怠ってはいけないと気を引きしめるクレイブたちだったが、町のにぎやかで平和な喧騒を前に、三人の警戒心は徐々に緩くなっていたのだった。
クレイブたちのいる屋上から数メートル先。
「本当にここでよいのか?」
「ええ、間違いないはずよ」
「それにしても凄い賑わいだ……来る日を間違えたな」
「仕方がないわよ。彼がこの日を指定したのだもの」
「ふむぅ……お主の言う通り、ヴィクトールを連れてこなくて正解だったな」
町中を歩くふたりの人物。
ひとりはダークエルフ。
ひとりはヒノモトの侍。
「それにしてもテスタロッサよ。お主があのヴィクトールの世話係になっておったとは驚きだぞ」
「仕方がないのよ。本来のお守役であるローザはいないし」
「そういえば、以前ヴィクトールにローザを誘わんのかと聞いたが、答えを濁されたな。もしや別れたのか?」
「あのふたりが? まさか。イズモ……あなただって、戦争中にふたりの間柄を嫌というほど見たでしょ? 今だってヴィクトールが声をかければ、ローザは嫌そうな反応をしつつ飛んでくるわよ」
「某もそう思う。では、なぜ声をかけんのだ?」
「そこまでは知らないわよ」
死境のテスタロッサと百療のイズモ――歴史に名を刻む英雄ふたりが肩を並べて歩いているが、その活躍はすでに百年以上前のこと。普段から付き合いがなければ、それに気づく者はいない。
「しかし、これだけ人数が多いと探しづらいぞ?」
「そうね。でも、この中にいるのは間違いないはずよ」
テスタロッサはひとつ息を吐いてから告げた。
「この町にいるはずよ――《赤鼻のアバランチ》は」
【 あとがき 】
いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。
現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。
これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
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