第251話 人間界へ
「トア村長は聖剣で何をするつもりだい?」
「分かりません。ただ、マスターに不可能はありません」
シャウナの質問の答えにはなっていないが、フォルの力強い言葉にはなぜだか納得させられてしまう。
一方、トアが意識を集中し、魔力を聖剣へ注ぐと、やがてそれは金色の輝きで覆われていった。
「神樹の魔力!? こっちでも使えるの!?」
「まさか……次元を超越してマスターに力を与えていると!?」
エステルとフォルは驚きと興奮で思わず大声をあげてしまう。
その横で、いつになく冷静な表情をしていたのがシャウナだった。
「神樹の力がよもやこれほどのものとは……しかも、次元を超えてまでトア村長に力を与えようとするとは……」
あり得ない光景を目の当たりにし、愕然とするシャウナ。
大戦時から神樹を知るシャウナにとって、ここまでひとりの人間に神樹が肩入れを行っていることが信じられなかった。
かつてはその良質な魔力を得るため、さまざまな研究がなされてきたが、トアはジョブの持つ能力でそれを一瞬にして可能にしてしまっている。
「……ローザ――どうやら我らはトア・マクレイグという少年を過小評価していたようだ」
トアがまとう強大な魔力。
それは、大戦時、帝国が欲していた神樹の魔力そのものだった。
「しかし、トア村長殿はどうして急に魔力を?」
「言われてみれば……剣まで出しているけど、何かを斬るつもりなのかしら」
トアの魔力が凄いことはその場にいる誰の目にも明らかだ。しかし、それが何を意味しているかまでは分からないようだ。
そんな周囲の疑問をよそに、トアは魔力を聖剣へ集結させると、一気にそれを全力で振り下ろす。
次の瞬間――
ガッ!
トアが振り下ろした剣の先には何もない――はずが、聖剣は明らかに何かを捉えていた。
「なんでありますか!? 何もないはずなのに、剣が!?」
「ど、どういうことなの!?」
「マスターは……もしかして――」
フォルはトアが斬ろうとしている物がなんであるのか察しがついたようで、先ほどから無言のままのシャウナへと視線を移す。
そのシャウナは、苦笑いを浮かべながら語った。
「驚いたね。……トア村長は、《空間》を斬ろうとしている」
「「ええっ!?」」
最初は驚いた反応のエステルとメディーナであったが、「ピシピシ」という音と共に、何もないはずの空間にひびが広がっているのを確認すると、一気に現実に起きていることなのだと理解する。
「さすがは我がマスター……次元さえも超越するとは!!」
「感動しているところ悪いがね、フォル――さすがに想定以上に困難なようだよ」
シャウナの指摘通り、トアは斬りかかってはいたものの、完全に剣を振り下ろすには至ってなかった。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
トアはさらに魔力を高めていく。
それに呼応するかのように、聖剣は金色の輝きを強めていった。
「って、このままだとさすがにトアでもまずいんじゃないかしら……」
「た、確かに、なんだか表情が強張ってきている気がするであります!」
「そうだな。ここは一度――」
トアを止めようとしたシャウナがトアへと近づくと、
「大丈夫! 任せてください!」
トアは強い口調でシャウナを制止した。
その姿が、シャウナには一瞬、トアではなく別の人物に見えた。
『大丈夫だ! ここは任せろ!』
「ヴィクトール……?」
必死に剣の柄を握りしめ、みんなを元の世界へ帰そうとするトア。シャウナには、それが共に戦った八極のリーダーである伝説の勇者・ヴィクトールとダブった。
「シャウナ様?」
「っ!」
フォルに声をかけられて、ハッと我に返るシャウナ。
それと時を同じくして、トアの方にも動きが見られた。
「もうちょっ――と!!」
トドメとばかりに、トアが力を込めると、まるでガラスを割るように目の前の空間がバラバラに飛び散り――その先にはまた別の世界が広がっていた。
「地下古代迷宮だ! 人間界とつながったぞ!」
トアの頑張りが実を結び、人間界へとつながる道が生まれた。
だが、それはかなり小さく、弱々しいもので、徐々に空間は縮小をはじめ、今にも再び閉じてしまいそうだった。
「急ぎましょう! マス――」
フォルがトアへ呼びかけながら振り返ると、そこには膝から崩れ落ちたトアの姿が。
「どうしたの、トア!?」
「す、すま……な……」
トアは空間を作り出すために常軌を逸した魔力を放出し続けた結果、疲労困憊状態となっていた。
「すぐに向こうへとつながる道は途絶える! トア村長は私に任せてふたりは先に行くんだ!」
シャウナがトアへと駆け寄り、抱き上げる。その間に、エステルとフォルはひと足先に元の人間界へと飛び込んだ。
「よくやってくれたぞ、トア村長!」
トアを抱いたまま、シャウナも空間へと飛び込み、魔界へと召喚される前にいた地下古代遺跡へと戻ってきた。
「シャウナ様! マスターは!?」
「問題ないよ、フォル。間一髪だったか……」
「なんとか間に合いましたね」
「一時はどうなるかと思ったであります」
「ふふ、さすがに今回ばかりはこの私も冷や汗を――」
「「「…………」」」
いるはずのない四人目の存在。
その正体は、
「あれ? どうしたでありますか?」
魔界の住人――魔人族のメディーナだった。
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