第486話 突然の来訪者【後編】

 八極のひとり――赤鼻のアバランチ。


 ローザやシャウナとともに世界を救った英雄のひとりである彼は、要塞村の村長であるトアの腕を確かめたいと勝負を申し出た。


「トアと八極のアバランチか……」

「なっ? 面白そうだろ?」

「とはいえ、さすがのトアも八極には勝てないんじゃない?」


 たまたま非番で要塞村を訪れていたクレイブ、エドガー、ネリスの同期三人組はトアとアバランチの戦いを観戦するため多くのギャラリーとともに中庭へと移動していた。

 するとそこへ、クラーラ、エステル、マフレナ、ジャネットの四人がやってくる。


「あら? あなたたちも観戦?」

「まあな」

「君たちはなぜここに?」

「私たちもついさっきこのことを知って」

「わふっ! 驚きです!」

「確かにねぇ」

「父の話では、アバランチさんは相当な実力者ということですので、どういう結果になるか非常に興味深いです」


 トアと近い者たちは、純粋にふたりの戦いを楽しみにしている様子だった。

 一方、


「……どう思う?」

「あのジジイの考えることは分からん。ヴィクトールの差し金という線もあるしのぅ。お主はどう見ておる?」

「どうだろうねぇ……ただ、腕試しをしたいという彼の気持ちは本心だと思うが」


 ともに帝国と戦ってきた仲間であるローザとシャウナだが、アバランチの狙いは未だにハッキリと読み切れなかった。


 さまざまな思いが交差する中、いよいよふたりの戦いが始まる。


「遠慮はいらん。全力で向かってくるがいい」

「はい!」


 聖剣エンディバルを構えるトアに対し、アバランチは特に武器のような物を持たない。


「おいおい、まさか素手で戦う気か?」

「俺たちが戦った偽物は鉄球を持っていたが……」

「そもそも、アバランチさんって巨人族なんでしょ? なんで私たちと大差ない体格なのよ」


 同期組からは疑問の声が続々と飛びだす――が、それらはすぐに消え去ることとなる。


「「!」」


 両者が激突。

 同時に、凄まじい衝撃が周囲を襲う。


「いい太刀筋じゃ」

「くっ!?」


 トアの聖剣のひと振りを、アバランチは両手で挟み込むようにして受け止める。


「しかし……まだ八極には届かぬ」

「えっ? ――わっ!?」


 アバランチは剣を挟んだ両手を持ち上げる――となると、剣を手にしているトアも同時に浮かび上がり、そのまま放り投げられた。


「くそっ!」


 トアは受け身を取りつつ、体勢を立て直した。

 まだまだ勝負はこれからだ。 

 そんな、強い闘志が灯る瞳でアバランチを睨む――が、そのアバランチには、トアのその様子を見るだけで満足したようだ。


「いい腕をしておるな。吾輩も久しぶりに興奮したよ」


 それだけ言うと、アバランチはトアへ背を向けた。


「ど、どこへ!?」

「本来の役目に戻るんじゃよ。お主の実力は十分理解できた」

 

 アバランチは手をヒラヒラと振って、そのまま要塞村をあとにした。

 激しい戦いを想像していた観客たちは肩透かしを食らったようにしばらく静寂が流れていた――が、


「彼なりに気を遣っていたのさ」


 シャウナの言葉に、全員が注目した。


「あのまま戦いを続けていれば、きっとこの要塞村にもよくない影響が出ると判断したのだろう。彼は巨人族――本来ならば、神樹ヴェキラに匹敵する巨体の持ち主だしね」

「そういうことじゃ」


 同じ八極ふたりの言葉を受けて、観客たちは不完全燃焼ながらも一応は納得して解散していった。


「トアよ」


 未だに戦いの熱が冷めていないトアのもとへ、ローザにシャウナ、そしてエステルやクレイブたちが集まってくる。


「八極の中でも特に訳の分からん爺さんに絡まれて災難じゃったな」

「まあ、気を悪くしないでくれ」

「そんな。そういうつもりはないんですけど……やっぱり、強いですね」


 たった一撃のぶつかり合いであったが、トアはアバランチの強さを肌で感じた。そして、そのさらに上を行くヴィクトールの実力――いつか、機会があれば剣を交えてみたいと、心からそう思った。


「ふっ、どうやら、アバランチ殿との出会いで、トア村長はまたひとつ成長できたらしい」

「まったく……」


 ローザはあきれていたが、他の仲間たちはトアの成長を喜んでいた。



 こうして、赤鼻のアバランチとの腕試しは幕を閉じた。

 ――だが、なぜ彼が突然トアの実力を知ろうと思ったのか、それについては結局誰も分からずじまいであった。

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