第260話 ジェフリー王子の庶民生活体験記

「よーし、おまえら! 今日も気合入れて仕事しろよ!」

「「「「「うーっす!」」」」」


 エノドア鉱山では、今日も朝から鉱夫たちが忙しそうに働く――その前に。


「おっと、忘れるところだった。おいみんな! 持ち場へつく前に、ちょっとこっちに集まってくれ!」


 鉱夫たちをまとめる鉱夫長シュルツが、厳つい鉱夫たちを集める。


「今日一日だけだが、新入りが入る。挨拶をしろ」

「初めまして! 今日一日だけですがお世話になる、ケビンといいます!」


 爽やかな笑顔と、快活な挨拶を見せた若者に、多くの鉱夫たちが好意的な印象を与えたケビンであったが、


「お、おい、なんか、ジェフリー王子に似ていないか?」

「俺もそう思ったんだが……」

「王子がなんでこんなむさくるしい場所に来るんだよ。ただ似ているだけだろ」


 あちこちで巻き起こる、「あの新入りはジェフリー王子ではないか」という議論。だが、それを、新入りのケビン自身が断ち切った。


「みなさん! 確かに僕はジェフリー第三王子に似ていますが! 断じてジェフリー第三王子ではないので、いつもと同じ調子で接してください! 絶対に、ジェフリー王子ではありませんので!」


 力強くそう宣言するケビン。


「うーむ、あそこまで言い切るということはやはり違うのか?」

「だから、王子様がこんな場所に来るわけないだろ」

「我々下々の生活になんて興味がねぇだろうしな?」

「そんなことはありません!」

「「「!?」」」


 ケビンは鉱夫たちの言葉を真っ向から、力強く否定した。


「確かに王家の人間は、国民とは違う生活環境にあります――しかし!王家の思いはただひとつ! 国民が安心して平和に暮らせる国を築くこと! これ以外にありません!」


 次から次へと飛び出す、どう考えても王族目線の言葉の数々。

 最初は呆気に取られていた鉱夫たちも、次第にその熱意へ関心を示すようになった。


「いいぞ! 新入り!」

「若いくせに言うじゃねぇか!」

「よく言ったぞ!」


 鉱夫たちからの賞賛に、ケビンは手を振ることで応えていった。


「あの……仕事……」


 その熱は、鉱夫長シュルツが止めるまで続くのだった。



  ◇◇◇



 エノドア内にあるエルフのケーキ屋さんにて。


「本当に大丈夫かしら、あの子」

「問題ないと思いますけど……鉱夫は体力勝負ですからね」


 ケビン――もとい、ジェフリーが要望した「一日庶民体験」を実現させるため、来訪の翌日にこのエノドアへやってきたトアとケイス。

 最初は、このケーキ屋さんでウェイターをやってもらうつもりだったが、「この町でもっとも過酷な仕事をしてみたい」という本人たっての希望により、急遽鉱夫の仕事を体験することになった。

 候補としては自警団もあったが、あちらは場合によって命の危険に晒されることも想定されるため、却下。もちろん、鉱夫の仕事も落盤などの危険が伴うが、巨大モグラのアレックスがいつでも救助に向かえる体制を整えているため、自警団の業務と比較した時、まだ安全だろうという判断であった。


「でも、感心じゃないですが、『国王になった時、国民がどのような生活を送っているか知っておく必要がある』なんて、なかなか言えないですよ」

「まあ、実際はツルヒメと一緒にヒノモトへ行くんだから、ヒノモトの民の生活に密着した方がいいとは思うけど……あの子なりに考えてのことでしょうし、あたしからとやかく言うことはないわ」


 そう言って、ケイスはコーヒーに手をつける。

 無意識なのだろうが、視線は窓の向こうにそびえ立つエノドア鉱山へと向けられていた。


「あたしとバーノン兄さんは二歳違いだけど、あの子はかなり年の離れた弟だったから……そりゃもう、兄ふたりは溺愛したわよ」

「へぇ……例えばどんな感じですか?」

「そうねぇ……あの子が五歳の時の誕生日はまずパレードから始まって――」


 弟ジェフリーについて語るケイスの表情は、とても穏やかで楽しそうだった。




 ケイスによる弟トークが止まらない中、気がつけば辺りは夕焼け色に染まっていた。


「あ、そろそろ鉱山の仕事が終わる頃ですね」

「ふふ、噂をすれば――帰ってきたみたいよ」

「ただいま戻りました!」


 仕事を終えて、エルフのケーキ屋へ帰還したジェフリー。

 汗だくで髪は乱れ、顔には泥がつき、よく見ると小さな擦り傷まで負っている。


「充実した仕事ぶりだったようね、ジェフリー」

「はい! 驚きと発見の連続でした! 今までの生活をしていては、絶対に知り得ない国民のリアルな感情……それを、肌で感じることができました!」

「それはよかったわ」


 国民の生活を知りたいというジェフリー王子の願いは、こうして叶えられたのだった。


「あ、そうだ」

「うん? どうかしたの?」

「実はこの後……誘われていまして」

「「誘われた?」」


 すぐにその意味を理解できなかったトアとケイスだが、仕事終わりの鉱夫たちが一斉にネリスの父が経営する旅館に併設された食堂へ雪崩れ込んでいるのをケーキ屋の窓から見て、事態を察する。


「行ってきなさい」

「俺たちも行きますから」

「は、はい!」


 ジェフリーが呼ばれたのは仕事終わりの「飲み」だった。

 城で食べる、高級食材を一流シェフが手掛けた料理ではないが、ネリスの母ティアが作った素朴な家庭の味に、ジェフリーは感激していた。

 ちなみに、元大臣である宿屋店主フロイドは、一瞬でジェフリー王子と見抜き、大いに取り乱すのだが、事情を聞くと温かく見守ってくれることになった。


 鉱夫たちから今日一日の働きを労われたジェフリーは恐縮しっぱなしだったが、その笑顔は間違いなく、金銭に代えられない大きな財産を手にした証しと言えた。



  ◇◇◇



 翌日。


「お世話になりました、トア村長、ケイス兄さん。それに村民のみなさんも」


 ジェフリー王子のお忍び訪問最終日。

 結局、ジェフリーが城から抜け出したことはすぐに伝わり、迎えの兵がエノドア自警団までやってくる手筈となっていた。


「体には気をつけなさいよ」

「分かっていますよ。それでは……舞踏会でお会いしましょう」

「はい!」


 最後に、ジェフリーとトアは固く握手を交わす。

 それから、愛馬へとまたがると、ジェフリーは颯爽とエノドアへ向けて出発したのだった。


「またね、ジェフリー……」


 その背中が見えなくなるまで、ケイスは成長した弟の背中を見送ったのだった。






◇お知らせ◇


新作をはじめました!


タイトルは「転生鍵士の生きる道」です!


こちらも是非、読んでみてください!

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