第228話 エルフたちの新たな挑戦【後編】
食事を済ませたアルディとセドリックは、ランプを片手に森の中を進んでいた。
「セドリック、特に足元をよく見ていてくれ」
「足元、ですか?」
「そうだ。どこに堕ちているのかまったく見当がつかんからな」
アルディの言葉を受けたセドリックの脳裏に疑問が浮かぶ。なぜ、コーヒーの豆が足元に落ちているのか。そんなことを考えていると、セドリックの視界に赤い実が姿を現した。
「アルディさん! もしかしてこれですか?」
「お、もう見つけたか。どれどれ……うむ。間違いない。こいつだ」
手にしたランプの灯りに照らして確認をしたアルディは、その豆を持ってきた籠の中へと放り込んだ。
「アルディ様……なぜコーヒー豆が地面に落ちているのですか?」
「……それはこのコーヒーを飲んでから説明しよう」
多くは語らず、アルディは収穫したコーヒーを振る舞うため、一旦家へと戻った。
「さて、飲んでみてくれ」
夜の森で採集したコーヒー豆。実際はそれを飲めるまでの豆にするには数日かかるということだったので、今回はアルディの家にあった加工済みのコーヒーを試飲することに。
「本当は最初からこいつを出せばよかったんだが、これから店でこいつを出すというなら、君にも採集を経験させておこうと思ってね」
「いえ、とてもいい経験になりました」
アルディの心遣いに感謝しながら、セドリックは早速コーヒーを口にする。その味は、
「!? う、うまいっ!! 今まで飲んできたコーヒーに比べてフルーティーで、とてもサッパリしています! なんというか、独特の香りというか……」
「だろう?」
満足そうに微笑むアルディに、セドリックは先ほど思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「それにしても、なぜこのようなおいしいコーヒー豆が地面に落ちていたのでしょうか」
「…………」
セドリックから質問を受けたアルディは、ひとつ深呼吸を挟んでからイスに座り、真相を語り始めた。
「そのコーヒー豆について語る前に――セドリック、君はこのオーレムの森に生息するヤマネコの存在を知っているか?」
「ヤマネコ?」
コーヒーの話をしているのになぜヤマネコなのか。さらに謎が深まる中、とりあえず質問に答えなくては、とセドリックは首を縦に振った。
「このコーヒーを作りだすには、そのヤマネコの存在が鍵なんだ」
「ヤマネコが?」
「そいつはこのオーレムの森になっているコーヒーの実を主なエサとして食べるのだが、こいつがとんでもなくグルメでね。豆を選別して上質なものしか口にしないんだ」
「そ、そんな習性があるんですね」
これについては初耳だった。
「ヤマネコが食したコーヒー豆は腸内で自然発酵される。これが独特の深みを生むんだ」
「なるほど……手摘みでは出せない味わいというわけですね――ん?」
ここまでの説明を聞いていると、ヤマネコがコーヒーの実を吟味し、それを腸内で自然発酵させる――ここまでは理解できた。が、問題はその先だ。
「あの、アルディさん」
「なんだい?」
「腸内で自然発酵された豆をどうやって取り出すんですか?」
「…………」
ここで、アルディは口をつぐんだ。
その反応で、セドリックは確信する――自分が思い浮かべていた「まさか」の手法であるということを。
「も、もしかして……」
「……君の想像する『もしかして』の通りだと思う。ようは――自然に排出されるのを待つんだ」
「!」
セドリックは思わず絶句。
腸内に残る豆が自然に排出される――その言葉が指し示す意味を理解した時、顔つきはみるみる青ざめていった。
「だ、大丈夫なんですか、そんなのを飲んで」
「問題ない。この種のヤマネコはほとんどコーヒー豆しか口にしないため、嫌な臭いはまったくしない。現に君も、この豆を見つけた時、悪臭などしなかったろう?」
「い、言われてみれば……」
アルディに言われなければ、セドリックは絶対に気づけなかった。この豆が、まさかヤマネコの排泄物だったなんて。
「むろん、コーヒー豆として提供するまでの間に何度も洗浄し、そしてしっかりと乾燥させるという手順は踏む」
「その辺りは普通のコーヒー豆を取り扱うより特に気をつけないといけない点ですね」
セドリックは注意事項を細かくメモしていった。
というのも、入手方法はアレだが、味は間違いなく本物。これまで飲んできたどのコーヒーよりもうまいと断言できる。まさに味だけなら新店舗の看板になり得るポテンシャルを秘めていた。
ただ、店の商品として出すには、衛生面での配慮の他にいくつか問題点もあった。
まずは供給量。
農場で栽培された豆とは違い、野生動物の腸内から排出された豆を使用するため、安定した確保がほぼ不可能な点。恐らく、毎日の提供は難しくなるので、数量限定での提供になりそうだ。
しかし、その点については別のアプローチでカバーをしていけばいいとも考えていた。その辺りはメリッサやルイスとも相談しなければならないだろう。
ともかく、このおいしいコーヒーを是非とも店のラインナップに載せたいと思ったセドリックは、アルディからいくつか豆を譲ってもらい、それを要塞村へと持ち帰ることにしたのだった。
◇◇◇
要塞村へ戻ったセドリックは早速コーヒーを試飲してもらうことにした。
メンバーはトアとクラーラに加えて、コーヒーにはうるさいと自負するシャウナとオネェ医師ケイスが加わった。
「エルフ族の森に伝わるコーヒー……興味が尽きないな」
「そうよねぇ♪」
「俺も楽しみです」
「私も!」
ウキウキの四人だが、セドリックから豆の入手方法を耳にすると、トアとクラーラのふたりはさすがに驚きを隠せない様子だった――が、他のふたりはまったく動じていない。
「動物の糞から豆を採集する方法は決して珍しいものではないよ」
「そ、そうなんですか?」
ドン引きしていたトアが尋ねると、シャウナに代わってケイスが説明する。
「オーレムの森ではヤマネコのようだけど、世界にはタヌキやゾウの糞から採取した実を使うところもあるのよ」
「へぇー……」
決しておかしなことではないと説明を受けても、いまいち受け入れられないクラーラ。そうこうしているうちに、セドリックの淹れたコーヒーが到着。
「さあ、飲んでみてください」
セドリックがそう勧めると、シャウナとケイスは迷わず口に含む。一方、少しためらいのあったトアとクラーラはちょっと遅れて飲み始める。
四人の感想は、
「「「「うまい!」」」」
見事に揃った。
「この独特の香りは癖になるな」
「ホントね。これまで、あらゆる国のコーヒーを飲んできたけど、これほどのものはなかったわ」
シャウナとケイスからは太鼓判を押された。
「……動物の糞から採ったって言われないと絶対に気づかないわね」
「なんていうか、臭みもないし、サッパリしているから余計にそう感じるよね」
遅れて、トアとクラーラもそう感想を告げた。
結果として、このコーヒーはシャウナ&ケイスという要塞村二大コーヒー党のお墨付きを得られたことで、正式に看板メニューとして採用されることになったのである。
試飲会終了後。
「まさかあんなコーヒーがあるなんて……驚きね」
「動物の糞だからね……」
そこで、ふたりの会話が一旦止まる。
というのも、トアの発した「動物」という単語がきっかけで、ふたりの脳裏にある少女の姿が浮かび上がったからだ。
と、そこへ、
「わふ? どうかしたんですか、ふたりとも」
「「!?」」
目の前にマフレナが現れた。
「「…………」」
「え? ほ、本当にどうしたんですか?」
「「…………」」
「! ど、どうして無言のまま土下座するんですか!?」
よからぬ想像をしたことへの謝罪を込めて行った土下座であったが、事情を知らないマフレナはただただ慌てるばかり。
当然、トアとクラーラがこの土下座の真意を伝えることはなかった。
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