第533話 魔虫族の知らせ【前編】

 夏のバカンスを終え、普段の生活に戻ったトアたち。

 そこに参加していたクラーラは、面倒を見ている魔虫族のハンナと一緒に要塞村市場を見て回っていた。


「何か食べたい物はある?」

「うー?」

 

 まだ赤ん坊のハンナに優しく話しかけるクラーラ。その姿は、はたから見ていると若い母親が子どもを可愛がっているようにしか見えない。

 しかし、魔虫族であるハンナには、頭に二本の触角が生えている。

 ここが人間との大きな違いであった。


 そんなハンナは、今や市場のマスコット的存在となっている。

 というのも、魔虫族は魔界にしかいない種族であり、人間界で見ることはまずない。その珍しさもあってか、市場を訪れた者の中にはこのハンナに会いに来たという人もいるくらいだった。


 しかし、要塞村にはハンナ以外にも魔界出身の者がいた。


「おや、クラーラ殿じゃないですか!」


 やってきたのは魔人族のメディーナであった。


「メディーナじゃない。魔界から戻ってきたの?」

「えぇ、つい先日」


 実は、メディーナはしばらくの間、要塞村を離れていた。

 どうやら、彼女の出身地である魔界で何やらトラブルがあったらしく、直属の上司でもある八極のひとり――《魔人女王》カーミラから呼び出しを受けて里帰りをしていたのだ。


 それが解決したらしく、こうして要塞村に戻ってきたのだ。


「魔界もいいですけど、いろんな種族がいて賑やかな人間界も捨てがたいでありますな!」


 メディーナは人間界をいたく気に入っていた。

 なので、他の魔人族にもこちらでの生活を勧めたい――と、思いつつ、最近とある大陸で人間界を支配しようとし、魔界の王を名乗って攻め込もうとした輩がいるらしく、それに配慮して魔人族の人間界移住を控えていた。


『同じ魔人族として恥ずかしい限りであります!』


 と、以前メディーナは憤慨していた。

 少なくとも、要塞村のあるジア大陸では、魔人族による被害は出ていないため、移住しようと思えばできるのだろうが、村長であるトアとしては彼女たちの意思を尊重し、判断をゆだねているという状況だった。


「ハンナ殿は今日も元気ですな」

「最近は一緒に遊んでくれる人が増えて嬉しいみたいよ」

「魔界ではこれだけの種族と触れ合う機会はありませんからな。この年で大変貴重な体験をしているでありますよ」


 クラーラとメディーナがそんな風になんでもない世間話をしていると、


「あうあ?」


 突然、ハンナの触角がピコピコと激しく上下に揺れ始めた。


「? どうかしたのかしら? もしかして、上機嫌?」


 この現象に、クラーラは特に気にした素振りを見せていないが、


「なあっ!?」


 メディーナは奇声をあげて驚いていた。


「び、びっくりした!? 急にどうしたのよ!?」

「……魔界には、このような言葉があります」

「ど、どんな?」

「魔虫族の触角が激しく動くとき――近くに希少な魔界昆虫が存在しているだろう、と」

「き、希少な魔界昆虫?」


 虫に詳しくないクラーラは困り顔をしているが、対照的にメディーナの表情は徐々に生き生きとし始めていた。


「クラーラ殿……これは大チャンスであります! すぐにトア村長殿にご報告せねば!」

「あっ! ちょっと!」


 クラーラはハンナを落とさないよう慎重に抱きかかえつつ、いきなり走り始めたメディーナを追って走りだした。

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