第235話 赤ちゃんの正体は?
村民たちが赤ん坊の名前決めに躍起となっている頃――
トアの私室には、八極ふたりの姿があった。
「やはり……あの赤ちゃんは普通じゃないんですか?」
「まあ、見た目からしてそうだろうね」
二本の触覚に蝶の羽――どの角度から見ても、あの赤ん坊は人間ではないと断言できる。それどころから、獣人族でもエルフでもドワーフでもない。ゆえに、村長であるトアとしては危険がないのかどうかが不安だった。
だから、自分よりも何倍も長生きで、尚且つさまざまな経験豊富なふたりに意見を聞こうとしたのだ。
「おふたりは、あの子がどのような種族なのかご存じなんですか?」
「知らん」
ズバッと気持ちいいくらいにローザは言い切った。
あまりにもストレートすぎる物言いに、思わずトアはズッコケる。
「し、知らないって……」
「明確なことは言えんということじゃ。――トアよ。以前、ワシら八極に魔界の者がいたことを話したな」
「! 《魔人女王》のカーミラさんですね」
長らく正体不明だった八極の八人目。
王国戦史の教本でも、その存在は明記されておらず、唯一存在するかどうかが不確定だった人物だ。
共に戦った同じ八極のローザやシャウナから、その八人目がカーミラという魔界出身の魔人族であることは聞いたが、それ以外の詳しい情報についてはまだ聞けていなかった。
「もしかして、そのカーミラさんと同じ魔人族ですか?」
「断言できんがのぅ……」
「しかし、可能性は高いと見ている」
「なぜですか、シャウナさん」
「ヒントは……彼女を守るように存在していた人間のような姿をしたアリたちだ」
突如森に出現した巨大なアリたち。
ローザたちが森であの赤ん坊を発見してから姿を消してしまったという謎の存在だが、シャウナはそのアリたちに正体を暴くヒントがあるという。
「直接この目で見たわけではないが、以前、カーミラが酒の席で、昆虫と人間を組み合わせたような種族が魔界にいると話していたのを思い出してね」
「ま、魔界に……?」
トアの困惑はさらに強まった。
「ど、どうして魔界の種族がここに!?」
「それはまだなんとも言えんのぅ……消えたアリたちの消息も気になる」
「森を襲ったり、神樹を狙って要塞村を襲ってきたのは、恐らく樹液を集めるという本能がもたらした行動の過程で起きた出来事だろう」
「じゃあ、あれはやっぱり食料用……」
「そう考えるのが妥当じゃろうな。もっとも、ヤツらがなぜあの子をワシらに託すようなマネをしたのか、そもそもどういった意図をもってこちらの世界へやってきたのか……すべては謎に包まれたままじゃ」
「その全容をハッキリさせるためにも、地下古代遺跡の謎を解明する必要がある」
地下古代迷宮には、魔界とのつながりを示唆する壁画などが発見されている。シャウナを中心としたチームが、今も地下へ潜って研究を続けているのだ。
「で、でも、そんな未知の存在をこの村に置いておくのは……」
「むしろこの村だからこそ置いておく必要があるじゃろう」
「え?」
「考えてもみろ。この村に揃っている面子を」
「ま、私とローザのふたりがいるだけで、ストリア大陸の全兵力に匹敵すると思うよ?」
自信満々に言ってのけるシャウナ。
トアは、それが冗談ではないと分かっている。
だから、ローザの言った意味をすぐに理解できた。
「……確かに、そうですね」
もし、あの赤ん坊に強大な力があったとして、このストリア大陸内で立ち向かえる存在といえば、八極ふたりを有し、さらに多くの伝説級種族を抱えているこの要塞村が大本命となるだろう。
だったら、最初からここで経過を見守るのが最善ではないかと考えたのだ。
「分かりました。とりあえず、明日にはファグナス様のもとを訪れて、事態の報告をしたいと思います」
「ワシも行こう」
「では、私は緊急時に備えて、村で待機しているよ」
「頼みます、シャウナさん」
「安心したまえ。もし暴走を起こしたとしても止めて見せるさ。蛇が虫に負けたとあっては大問題だからね」
当面の方針については目途が立った。
トアはそれを村民たちへ報告するため、集会場へと向かう。
すると、何やらそこでは異様な盛り上がりを見せていた。
「な、なんだ?」
「随分と騒がしいのぅ」
「クラーラが赤ちゃんに母乳でも与えているのかな?」
トアたちは大騒ぎとなっている集会場へと突入し、近くにいたジャネットへ詳細な情報を求めた。
「ジャネット、一体何があったの?」
「あ、トアさん。実は、赤ちゃんの名前が決定したんです」
「名前が?」
見ると、片手で赤ちゃんを抱いているクラーラが、もう片方の手で取り囲む村民たちに向かい手を振っていた。そして、
「この子の名前はハンナよ!」
高らかに、赤ん坊の名前を発表したのである。
「ハンナか……よい名ではないか」
「うむ。ピッタリだと思うよ」
このネーミングに、ローザとシャウナも納得のようだった。
「ははは……これだけ盛り上がっている中で話すのは大変そうだ」
苦笑いを浮かべながらそう語るトアだが、その表情はどこか楽しそうに見えた。
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