第28話 割と忙しい村長の一日

 朝の陽射しは日を追うごとにその熱を強めていく。


「朝だっていうのにだいぶ暑くなってきたな」

「日も長くなってきましたしね。もう夏はすぐそこでしょう」

「そうだな……」


 フォルと共に日課となっている朝の見回りをしながら、宝石のように輝く新緑の葉を眺めていたトアは思い出していた。


 養成所にいた頃――ちょうど一年前だ。


 エステルやクレイブたちと近くの川へ遊びに行ったこと。街で流行の水着に身を包んだエステルとネリスの女子組に、トアは戸惑い、エドガーは興奮し、クレイブはまったくの無関心だったことを。


「マスター?」

「あ、いや……なんでもないよ。それより、モンスター組のみんながそろそろ漁から帰ってくる頃だね」

「今日が初漁でしたね」


 ドワーフたちと協力して船やら網やらを用意していたモンスター組にとって、今日は文字通り新しい日々の船出となる。

 早朝からキシュト川へ漁に出かけた彼らの初成果は――


「やりましたよ、村長!」


 大成功だった。

 網にはピチピチと跳ねまわる新鮮な魚たち。さらにゴブリンたちが素潜りをして手に入れた貝やエビもあった。


「凄いや! 大漁じゃないか、メルビン!」


 大漁を祝ってモンスターたちとハイタッチを交わすトア。

 ちなみに、メルビンとはモンスター組のリーダーであるオークの名前だ。トアはモンスターたちの願いを叶えるため、全員に名前を付けていたのである。彼らはその名を気に入り、涙を流しながら命名者であるトアに感謝をしていた。

 オークのメルビンたちが獲ってきた魚は銀狼族と王虎族が狩ってきた肉、そして、大地の精霊たちが育てた野菜。これらを物々交換し、住人たちは食料を得ている。


 ただ、村長であるトアについては例外で、各種族から食料が自動的に供給されるようになっている。村人たちの要望をリペアやクラフトを駆使して叶えていく――その姿も見ている村人たちはトアに感謝し、その証として食料を納めていたのだ。


 この日も、トアはテレンスからの依頼を受けて地下迷宮の一部痛んでいるところへリペアを使って修繕作業をしていた。


「《要塞職人》ですか……わたくしの周りにはそのようなジョブの方はいらっしゃいませんでしたわ」


 作業するトアの様子をふわふわ浮かびながら眺めていたアイリーンが言う。


「う~ん……結構珍しいジョブみたいだからね。そういえば、最近フォルとはどう?」

「時間を見つけてよく訪ねてきてくださいますわ。おじさまは優しい方ですから」

「あれ? フォルは本当のおじさまじゃなかったんでしょ? なのにまだおじさま呼び?」

「そうなのですが……あの方と話していると、本物のおじさまと話しているような感じがしてきますの。そういえばこの前も――」


 フォルとの話になると、アイリーンのテンションは漏れなく倍近くに跳ね上がる。それくらい、フォルとは気が合うのだろう。


 ちょうど区切りをつけた頃にフォルがアイリーンに会いに地下迷宮へとやってきた。これからアイリーンといつものトークタイムといくのだろう。

地上へ出ると、すっかり昼食の時間となっていた。


「トア!」


 地下迷宮から中心部へ戻ろうとしていたトアを呼び止めたのはクラーラだった。


「どうかした?」

「あ、えっと、その……実は、ね。お昼を作ったんだけど作りすぎちゃったみたいで……よかったら食べてくれないかなって」

「く、クラーラが料理?」


 露骨にトアの表情が曇る。


「ちょっと! そんなに不安がらなくてもいいでしょ!」

「ご、ごめん」

「……ほら、どうぞ」


 頬を膨らませ、赤くなりながらも差し出したのは――骨付き肉だった。

 確かに、これなら失敗のリスクは少ないだろう。


「……ありがたくもらうよ」


 これも料理と呼んでいいのかどうか悩みながらも一口食べてみる。

味は問題ない。

 むしろ、かかっている甘辛ソースがいい具合に肉のうまみを引き出していて好みの味付けだった。


「とってもおいしいよ、クラーラ」

「! そ、そう? まあ、私が作った料理なんだからそうに決まっているわよね!」


 トアからの好評を耳にしたクラーラは誇らしくつつましいサイズの胸を張った。

 食事を終え、クラーラと共に中心部に戻ってくると、大地の精霊のリーダーであるリディスが待っていた。


「村長殿~」

「どうかしましたか?」

「実は~、新しい試みをしてみたので~、ちょっと見てもらいたくて~」

「新しい試み?」

「大地の精霊の試み……興味あるわね」

「うん。じゃあ、早速畑へお邪魔するよ」

「ありがとうなのです~」


 リディスの言う新しい試みとやらを確かめるため、トアとクラーラは精霊たちが管理する畑へと向かう。そこは相変わらず瑞々しい野菜や果実で溢れていた。


「それで、試みっていうのは、何か新しく育てたってことかい?」

「そうなのです~。新しく育てたのは花なのです~」

「花?」

「でも、畑にはそれらしいものはないわよ?」


 トアとクラーラが疑問に思うのも無理はない。

 野菜や果物はあっても、花などどこにも見当たらない。


「今ちょっと移動中なのです~」

「「移動中?」」


 声が綺麗に重なるふたり。

 その直後、背後に強烈な気配を感じて振り返る。


「キシャアアアアッ!」


 そこには自分たちよりも遥かにデカく、そして獣のような咆哮をまき散らす大型植物が蔓を生き物のようにうねうねと動かしていた。


「「わああっ!!?」」


 モンスタークラスの植物を前に、トアとクラーラは思わず武器を構えた。


「大丈夫ですよ~、この子は食用の花蜜を提供してくるのです~」

「しょ、食用の花蜜?」

「あまり口にしたくはない蜜ね……」


 リディスからの言葉を受けて剣をしまうふたり――が、


「きゃっ!!」


 トアの背後にいたクラーラが短く悲鳴をあげる。


「どうした、クラーラ!」


 心配して声をかけるトア。見ると、クラーラは例の花蜜用植物の蔓に体をがんじがらめに縛られていた。


「ちょっと! 放しなさいよ!」


 抵抗するクラーラだが、そのうちに蔓から染み出た花蜜が体を伝っていく。


「うぅ……ベトベトしていて気持ち悪い」

「い、今助けるぞ!」


 再び剣を抜いたトアは蔓を切り落す。


「ありがとう、トア」

「大丈夫か、クラー――ラッ!?」


 クラーラと目が合った途端、トアは硬直。

 それもそのはずで、今のクラーラは全身蜜まみれ――なのだが、その蜜がなんとクラーラの衣服を溶かしていたのである。


「~~ッ!?!?!?」


 弁解する間もなく、トアの眼前にクラーラの拳が飛んできた。



  ◇◇◇



「いてて……」


不可抗力とはいえ、二度目の裸目撃をやらかしたトア。クラーラも思わず手が出たことを謝罪してくれたが、その目はちょっと潤んでいた。今は風呂に入るため、ドワーフたちが造った共同浴場へと向かっている。

ちなみに、例の花蜜は育成中止が言い渡されていた。


「悪いことをしたな……後でちゃんと謝ろう」


そう思いながら中心地へ戻ってくると、ドワーフたちが集まっていた。


「? どうかしたのか?」


 気になって駆け寄ってみると、何やら風呂敷に包まれた大きな荷物があった。


「ああ、村長。実は鋼の山の親方から差し入れが届いたんです」

「ガドゲルさんから?」


 こちらには娘のジャネットもいるわけだし、それも含めての差し入れなのだろうと解釈したトア。差し入れの中身は酒と食料、それに職人としてはありがたいスペア用の工具の数々であった。

突然の差し入れに浮かれるドワーフたちだが、トアはそこで、ジャネットがいないことに気づく。


「あれ? ジャネットは?」

「それが、親方からの手紙があるというと、それを持って自室に……」


 ちょっと気になったトアはジャネットの自室を訪ねてみることにした。


「ジャネット、いるか?」


 トントン、とノックしながら言うと、室内からドタンバタンと何やら暴れ回るような物音がしてきた。


「な、なんだ!?」


 慌ててトアが入室すると、ジャネットがひっくり返っているところに出くわした。


「じゃ、ジャネット!?」

 

 心配して駆け寄ろうとした瞬間、ジャネットは勢いよく立ち上がった。


「トアさん!」

「な、なんでしょう?」

「実は明日、休暇をいただきたいと思います! 少し行きたいところがあるのです!」

「きゅ、休暇? 別に俺に許可をもらわなくても、休みたい時は休んで大丈夫だよ。その行きたいところへ行ってきなって」

「トアさん……」


 瞳を涙で潤わせるジャネット。

 ここで泣きだされても困るので、トアは話を続けた。


「それで、どこへ行くんだい?」

「森を抜けてすぐ近くにある村です。そこには本屋さんがあって、鋼の山にいた頃もちょくちょく通っていた店なんです。そこで明日、以前買ったこの本の続編が発売されるみたいなんです! お父さんが手紙で教えてくれました!」

「ドワーフ族は人間の街と交流があるのか」

「ええ。それほど頻繁ではないですが……それで、外出の件なんですけど」

「本屋か……分かった。いいよ」

「ありがとうございます!」


 ジャネットは心から嬉しそうに笑っていた。



  ◇◇◇



 夕食を前に、狩りから戻ってきた者たちを労うのもトアの仕事だ。


「おかえりなさい」

「おう! 今日もよく獲れたぜ!」

「あ、もちろん制限された数の中でって話だけどな」


 要塞村では狩りについて各種族狩れる獲物の数を制限している。とりあえず、牧場ができるまでの応急措置だ。


「わふ~! ただいま戻りましたよ、トアさま~!」

「おかえり、マフレナ」


 大きな翡翠豚を抱えたマフレナも笑顔で戻ってきた。

 最近では金牛の他に翡翠豚や金剛鶏など、世間一般ではあまり流通していない貴重な高級食材がいると分かった。両親を失ってからはエステルと共に孤児院で暮らしていたトアにとっては生涯口にすることはないだろうと諦めていたものばかりだ。

 

「いくつかは保存食として加工しましょう。今日食べる分以外は貯蔵庫へ」

「「「了解」」」


 狩りで得た獲物を各種族ごとにわけていく。

 これもまた、村長の大事な仕事だ。


「トアさま!」

「なんだい、マフレナ」

「えへへ~、ちょっと呼んでみただけですよ~♪」

「なんだよ、それ」


 最近、マフレナはよくトアに声をかける。

 その行為自体は以前からあったが、ここ最近はなんだか輪をかけて多いというか、今みたいに意味のないこともある。

 それと、最近やたらとマフレナの父であるジンが「村長! 私を実の父と思ってもらって構わないぞ! さあ、呼んでくれ! 『お義父さん』と!」と謎の父親アピールをしてくる。


 こうした出来事についてトアが意味を知るのは、まだ当分先の話だ。




「ふい~……」


 一日を終えたトアはドワーフたちによって建造された共同浴場で疲れと共に汗を流す。

 このお湯は神樹からの湧水を沸かして流しているため、その効能たるや絶大で、あっという間に溜まった疲労がどこかへと飛び去っていた。


「いいねぇ~……風呂はいいなぁ~……回復系に特化した癒しのジョブがあったらどれだけ便利なことか……」


 そんなことを口にしながら、ドワーフ特製岩風呂を堪能する。

 要塞内の一部を利用して造られたこの大浴場は男女に分かれており、どちらも屋内外の二種類の風呂が用意されている。今、トアが利用しているのは屋外の風呂だ。

 のぼぜそうになったら湯から上がり、冷えてきたら湯に浸かる。このループをずっと繰り返していた。


「はふぅ~……」


 今日も一日しっかりと働いた。

 その充足感がで胸がいっぱいだ。

 これまで決して味わうことのなかった感覚――これが働くってことなのかな、と十四歳のトアは感じていた。


「明日も一日頑張るぞ!」


 満天の星空に向かって、トアは決意を口にしたのだった。

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