第27話 貴族令嬢アイリーン(享年十三歳)

「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」


 先ほどとは打って変わり淑女らしく落ち着いた態度で謝罪の言葉を述べた半透明の少女。フォルをおじさまと呼んだこの半透明の少女は名をアイリーンというらしかった。


「そ、それで、君は一体どうしてここに?」


 とりあえず、詳しい話を聞くことにしたトアたちは、地下迷宮の中にある一室に集まっていた。


「世界大戦時、わたくしはここで命を落としたのですが……どういうわけかこうして生きているのです」

「いや……厳密に言うと生きていないかと」

「ええっ!?」

 

 アイリーンは驚いているが、どう見てもその半透明で色がついていない体は霊体である。


「やっぱり……わたくしは死んでいたのですね」


 その反応から、分かってはいたけど認めたくはなかった――そんな感じに映った。

 未だに驚き続けるアイリーンへ、フォルが尋ねる。


「ところで、あなたは……僕のことを知っているようでしたが」

「そうですわ! おじさま! わたくしです! クリューゲル家のアイリーンですわ!」

「! クリューゲル家……」


 フォルよりも先にトアが声をあげる。


 これもまた養成所の教本にあった王国戦史に載っていた名前だ。


 クリューゲル家。


 旧帝国の中でも五指に入る大貴族。

 だが、その繁栄は血塗られたものであり、教本では詳しい記述をあえて削除していた。興味を持ったトアが王都の図書館で調べたところによると、かなり非人道的なやり方で地位を築いてきたようだ。


 そんなクリューゲル家の娘が、半透明の少女の正体。


「君が……あのクリューゲル家の?」


 トアの様子に気づいたアイリーンからさっきまでの勢いが瞬時にして失われた。


「……確かにわたくしはクリューゲル家の娘――ですが、これだけは知っておいてもらいたいですわ。わたくしはずっと戦争には反対でしたの」

「戦争に反対?」

「ええ……それをお父様に告げたら、国家反逆罪としてここに閉じ込められていたのですわ」

 

 帝国は侵略こそが国政の中心にあった国。

 そんなところで戦争反対なんて口にしたら……しかもそれが政治の中枢を担う大貴族の娘となれば、影響は少なくはない。だから、クリューゲル家当主はアイリーンをここに監禁していたのだ。


「でも、わたくしの監禁生活は決して苦しいだけのものではありませんでした。……おじさまがいてくれたから」


 そう言って、フォルに微笑みかけるアイリーン――その表情は完全に恋する乙女だった。


「おじさまはいつもわたくしに食事を持ってきてくださいました。わたくしは緊張してまともに話すことさえできませんでしたが、そんなわたくしをいつも心配してくださって……そ、それに、おじさまはいつもわたくしを可愛いねって……」


 両手を頬に添え、徐々に声が小さくなっていくアイリーン。

 しかし、そんな乙女心を向けられているのが自律型甲冑兵のフォルということで、他のメンバーは「ええ……」みたいなリアクションだった。


「みなさん、さすがにその反応は自律型甲冑兵相手でも失礼に値しますよ?」

「あんたがそんな紳士的な態度を取れるとはとても思えないんだけど?」


 クラーラのツッコミに、全員が「うんうん」と頷いた。


「あ、あの、おじさま」

「……なんですか?」


 ついにフォルは自分がおじさまであることを受け入れた。


「その……兜を取って、また素敵な笑顔を見せてくださいませんか?」

「「「「「あっ……」」」」」


 少女はフォルの正体を知らない。

 恐らく、彼女の言うおじさまとはフォルが探している中の人と同一人物だろう。だから、フォルが兜を取っても――


「では、リクエストにお応えして」

「あ、ちょっ!」


 トアたちが止める間もなく、フォルは兜を取った。

 当然、魔法文字によって動く自律型甲冑兵のフォルが兜を取ったところで、そこには何もない。トアやクラーラも初見では大絶叫したものだが、アイリーンは違っていた。


「…………」


 無言。

 何も語らず、そして動かず。

 あまりにも長く動かないので、心配になったテレンスが近づくとすぐにトアたちの方へと振り返りこう言った。


「……気絶している」


 

  ◇◇◇



 地下迷宮に住む貴族令嬢アイリーンはそれからしばらくして意識を取り戻す。

 彼女も元帝国側の、それも政治の中枢を担う貴族の血筋であったことから、フォルのような自律型甲冑兵器の存在を知っていた。


 だが、結局フォルの中の人が何者なのか、その詳細な情報を得るには至らなかった。




 その後、地下迷宮の入口付近は大きく改装され、今後の調査の拠点地として設営されることとなった。

 見張りの名目でその拠点地には常に二、三人が常駐し、何か異変が起きてないかチェックをしたり、テレンスたちが迷宮奥地を開拓する際に必要となるドワーフ手製の武器や防具が常備されている。


 アイリーンはというと――今やすっかりその拠点地の看板娘としてテレンスたち冒険者の癒しの存在となっていた。


 時折、フォルが会いに行くと、ふたりは中の人の話題で大いに盛り上がるのだとか。


「あの場所はテレンスさんたちに一任して大丈夫そうですね」

「そうじゃのぅ……」


 拠点地ができてからというものの、自分も冒険者になりたいという住人たちが名乗りをあげて地下迷宮へと潜っていく。

 おかげで調査も捗るのだが、ローザは何やら腑に落ちないといった様子で迷宮入口をジッと眺めていた。


「? ローザさん?」


 ローザの様子がおかしいことに気づいたトアだが、直後に昼食の用意ができたと叫ぶマフレナの声にびっくりして振り返った。


「ほれ、さっさといかんか色男」

「そんなんじゃ……分かりましたよ。て、ローザさんは?」

「ワシは腹が減っとらんからいらんから、さっさと食いに行ってこい」

「は、はあ……」


 そう言って、半ば強引にトアをその場から引き離したローザ。

 おもむろに床に手をつけると、小声で何やら呟き始める。すると、地面がわずかに発行して文字が浮かび上がった。


「以前来た時には気づかなかったが……やはり、禁忌魔法の類か」


 手を放し、愛らしい少女の顔には似つかわしくない鋭い眼光で迷宮を睨む。


「あの少女の魂が迷宮をさまよっている原因はこれのようじゃが……しかし、世界条約で禁止されているような、倫理に背く魔法まで使ったのはなぜじゃ? 一体何の目的であの少女の魂をここに封じた? 帝国はここで何をしようとしておったのじゃ……」


 険しい表情のまま、ローザは踵を返す。


 まだまだ謎多き要塞ディーフォル。


 その謎を解くためにも、迷宮冒険者たちの活躍は欠かせないものとなるだろう。

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