第428話 綴られた想い
それはなんでもないある一日のことだった。
その日、トアはフォルとローザを連れて定期報告をするため、朝からファグナス邸へ向けて村を出ていた。
一方、エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人はトアと共に暮らしている村長室の掃除を行っていた。
トアとジャネットの趣味である本が並べられた大きな棚。
そこを整理していたエステルは、背表紙に何も書かれていない本を発見する。
「あら? これは……」
気になったエステルは本を手に取る。
表紙もないことから、どうも市販されている本ではないらしいことが分かった。
一応、エステルは他の三人に確認を取ってみる。
しかし、三人とも自分の本ではないという。
「って、いうことは……」
「トアの本ということになるわね」
クラーラが言うと、三人は同意するように頷いた。
それ自体は何も問題ない。
あるとすれば――未だ不明のままとなっている本の中身についてだ。
「い、一体、何について書かれているのでしょう……」
「わふぅ……」
四人の気持ちは一致している。
中身を見たい。でも、もしその内容が――
「いやいやいや! トアに限ってそれはないでしょ!」
クラーラが他の三人の嫌な予感を振り払うように大声を上げる。
「でも、それじゃあこの本は一体……」
「中身を見ればいいのよ!」
不安そうなジャネットの言葉をかき消すように、クラーラの声はさらにそのボリュームを増していった。
「わ、わふっ! で、でも、それは……」
「……いえ。私もクラーラの意見に賛成よ」
ここで、エステルが開示派に回る。
「確かに現状ではトアの私物である可能性が高い――けど、もしかしたら、まったく別物である可能性だって捨てきれない」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
意を決したエステル。
煮え切らないジャネット。
さらに強硬派のクラーラに覗き見ることへ罪悪感があるマフレナ。
今、四人は初めて明確な「対立」という状況となった。
本の中を開くべきか、このまま閉じておくべきか。
出口の見えない議論が続く中、テーブルの上に置かれていた本に異変が起きた。掃除中だったため、開け放たれていた窓から入る暖かな春風に押されて落下し、ページが開かれてしまったのだ。
「「「「!?」」」」
本へと駆け寄るエステルとクラーラ。
目を背けるジャネットとマフレナ。
書かれていた内容に目を通したエステル&クラーラは、
「「…………」」
無言。
ふたりの様子がおかしいことに気づいたジャネットが、声をかけようとした時だった。
「「うぅ……」」
なぜか泣きだすふたり。
その真相は、本の内容にあった。
クラーラはそれをジャネットとマフレナに伝えるため、口を開く。
「ジャネット……マフレナ……この本はトアの――」
◇◇◇
ファグナス邸へと続く森の一本道。
そこを、トアとフォルとローザが並んで歩いている。
「ところでトアよ」
「なんですか?」
「以前お主に渡したあの白紙の本じゃが……結局、何に使ったんじゃ?」
「あぁ、あれなら日記にしましたよ」
「ほぅ、日記ですか」
「ちなみにどんなことを書いているんじゃ?」
「特別なことは何もないですよ。――強いて言うなら、一緒に暮らしている四人への感謝の言葉ですかね」
「クラーラ様たちへのですか?」
「面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいけど……まあ、もうちょっとしたら、みんなに読んでもらってもいいかなって」
「それはいい。……じゃが、案外四人はもう気づいているかもしれんぞ?」
「特にクラーラ様以外の三人は勘が鋭いですからね」
「あはは、それならそれで構わないよ。見られて困るようなことは書いていないですから」
――その日の夜。
エステルたちに大号泣出迎えられることを、この時のトアは想像もしていなかったのであった。
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