第313話 新しい生活
エノドアで療養しながらセリウス王国の判断を待つことになったミリア。
とはいえ、その扱いは破格だった。
「拘束されている私が言うのもなんですが……もう少し厳しめにしてもいいんじゃないですか?」
「なんだ? ミリアは俺たちにとって何か不都合なことをしに来たのか?」
「そ、そうじゃないですけど……」
現在、ミリアは自警団に身柄を預けられており、一日の大半を駐屯地で過ごしていた。
だが、牢屋に入れられるわけでもなく、のんびりお茶を飲んだり、時には事務をしているモニカの手伝いをしていた。ちなみに、この日クレイブは早朝からタマキと共に屍の森周辺の警邏にあたっているため不在だった。
拷問めいた処遇も頭をよぎったが、この国の第一王子であり、次期国王最有力のバーノン王子という人物は、顔立ちこそおっかないが驚くほど優しい人物だった。
むろん、何もなくミリアがそのような待遇を受けているわけではない。
ミリアは知っている限りの情報を渡した。
だが、いくら名家の出身とはいえ、聖騎隊での立場は駆け出しの新米。そのため、有力な情報を得ているわけではなかった。
知っていることといえば、せいぜいふたつ。
ひとつは、フェルネンドのディオニス国王が失脚間近であるということ。それから、自分が所属していたオルドネス隊の末路くらい。
指揮を執っていたオルドネスと隊長のプレストンは、聖騎隊本隊に事の顛末を報告しに行くと言ったきり戻って来なかった。ガルドとユーノはもともとフェルネンドと新たに同盟を結んだ国の出身であったため、そちら側の部隊へ配置換えとなった。
セリウスが特に知りたがっていた、フェルネンドが同盟を結んだ他大陸の国家に関する詳細な情報は得られなかったが、それでも、バーノン王子は情報提供に感謝していた。
ミリアの待遇の良さは、そうした情報を提供したからこそ得られたものだった。
「……それにしても甘すぎな気がするけど」
「? 何か言った?」
「いえ、なんでも。あ、これはこちらでいいですか?」
「うん。いやぁ、助かるよー……ミリアちゃん、仕事覚えるの早いし。なんだったらこのままここで働かない?」
「そ、それは……」
熱心に働くよう勧めるモニカ。
だが、その裏に隠された狙いを、エドガーとネリスは感じ取っていた。
「……外堀から埋めていく作戦か」
「……そのうち、『お義姉ちゃん』って呼ばせ始めるわね」
「ははは」と乾いた笑い声が響き渡る中、駐屯地に来訪者がやってくる。
「こんにちはー」
「様子を見に来たよ」
訪ねてきたのはトアとクラーラだった。
「あら、いらっしゃい」
「おいっす」
「今お茶出すわね」
ネリスとエドガーはいつもの調子であいさつし、モニカはお茶の準備に取りかかる。
エノドア自警団では見慣れた光景――なのだが、ミリアは全身に稲妻が走るような衝撃を受けていた。
それは、兄をめぐる終生のライバルことトア・マクレイグが連れている少女にあった。
エルフだ。
いや、それはいい。
要塞村に伝説的種族が多く住んでいることはすでに承知している。
問題はそこじゃない。
トア・マクレイグは――昨日とはまた違う可愛い女の子を連れている。
アーストン高原でトアと戦った際、一緒にいた女性はシャウナとマフレナだった。その中でも、特に銀狼族のマフレナとは年齢も近い(ように見える)ことから親しい間柄という印象を持っていた。てっきり、エステル・グレンテスとは離れ離れになり、あの胸の大きいワガママボディな銀狼族の子とくっついたのだとばかり思っていた。
しかし、別れたと思っていたエステルは要塞村で一緒に暮らしていた。
おまけにあの銀狼族の少女とも暮らしているらしい。
そして今はエルフの女の子を連れている。
さらに、
「あ、ここにいたんですね、トアさん」
「ジャネット? どうしたの?」
「い、いえ、エノドアに来ていると聞いたので、どこにいるのかなって……」
ドワーフ族の女の子まで加わった。
「……あれ? あのドワーフ族の子……どこかで会った気が……」
妙な既視感を覚えつつ、ネリスとモニカのふたりも合わせて楽しげに会話をするトアたちを眺めながら、ミリアはある可能性に触れた。
「トア・マクレイグ……彼はもしや――エドガー先輩よりも女ったらしなのでは?」
「ひでぇ言われようだな」
後ろで聞いていたエドガーは「やれやれ」とため息交じりに語り始める。
「確かにトアの周りには可愛い子が多いし、あの子たちはみんなトアのことが好きだ。トア本人も満更って感じじゃなさそうだし」
「それって……いろいろ大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ。だって――あいつらだしなぁ」
ミリアにはよく分からなかったが、エドガーの表情は自信に溢れていた。
ただ、こうして遠目から見ていても、周囲の関係が良好であることは一目瞭然。
「ふーん……」
ミリアの中で、トアを見る目が少し変わった瞬間だった。
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