第346話 第3回要塞村収穫祭⑤【エステル編】
「はい。ここまでよ、マフレナ」
「わっふぅ!?」
エステルがやってきて、マフレナにタイムアップを告げる。
「と、いうわけで、今度は私とデートよ、トア」
「うん。よろしく、エステル」
「…………」
ニコリと微笑むトアだったが、エステルはその対応に不満そうだった。
「エ、エステル?」
「なんだか……他の子たちと反応が違わない?」
「ち、違うって……そんなことないと思うけどなぁ」
トアとしては、エステルを特別に意識しているということはない。というより、他の三人対しても、いつも通り接しているつもりなのだが、エステルの目からそう映らないようだ。
「他の三人の時はもうちょっと緊張した感じだったと思うんだけど?」
「そ、そうかな?」
「その通りじゃ」
「「うわっ!?」」
トアとエステルの会話に割り込んできたのは、今やエステルに魔法を教える師匠ポジションが定着したローザだった。
「トアよ。これだけは注意しておく」
「な、なんでしょう?」
「女子の気持ちを汲み取れる男になれ」
「へっ?」
「同じ聖剣を使う者でも、どこぞのバカみたいにあっちこっちふらついているロクデナシになってはならぬぞ!」
「は、はい……」
物凄く実感のこもったローザの言葉に、トアはただただ頷くことしかできなかった。
その後、ローザがシャウナやガドゲルとの宴会に呼ばれて立ち去り、トアとエステルだけがその場に残される。しばらくして、トアが口を開いた。
「……でも、他の三人と違うのは、きっとエステルとの付き合いが一番長いからだよ。小さな頃からずっと一緒だから、無意識にそう振る舞っちゃうんだと思う」
「えっ?」
トアからの予想外の言葉に、エステルの声は思わず裏返る。
「ま、まあ、確かに……物心ついた頃から、トアとは一緒だったし」
「シトナ村で俺と同世代の子って、エステルしかいなかったしね」
子どもの頃を思い出しながら、要塞村の屋上庭園へとやってくる。
こちらは要塞村でも村民しか入れないエリアとなっているので、開放されている中庭辺りや市場に比べて静かなものだ。
トアとエステルは、ひと通りお祭りの出し物を楽しんだ後、ここでゆっくりと休憩も兼ねてベンチに並んで腰を下ろすと、話に花を咲かせていた。
「収穫祭も三年目……早いものね」
「まったくだよ」
かつて、同じ志を持ち、フェルネンド王国聖騎隊養成所で厳しい訓練に明け暮れていた。すべては故郷を焼き尽くしたあの忌々しい魔獣を倒すため。
だが、《洋裁職人》という誤った適性職と診断され、さらにエステルの婚約騒動まで重なった結果、トアは聖騎隊を去り、国を出た。
すべては、エステルの幸せを願ってのことだった。
しかし、実際はエステルを悲しませるだけのものであり、奇跡的にも再会できたことで、トアとエステルの仲は養成所にいた頃よりも遥かに深いものとなっていた。
「……この村を最初に訪れた時、本当に驚いたわ」
「伝説的な種族ばかりだもんね」
「それもあるけど……クラーラ、マフレナ、ジャネット――可愛い女の子たちに囲まれて楽しそうに暮らしていたトアの姿が一番驚いたかな」
「ぐっ……」
頬を指で突かれながら、トアは反論することができない。
昔からこうだ。
トアはエステルに敵わない。
そんな、初恋の相手でもあるエステルとこうして過ごせる日々を、トアはこの上ない幸せだと感じていた。
「まあ、それに関しては許してあげるわ。クラーラも、マフレナも、ジャネットも……今はみんな大切な友だちだし」
ベンチから立ち上がったエステルは、天を仰いだ。
「これからも……みんなと一緒に楽しく暮らしていきたいな」
振り返って、満面の笑みを見せながら言うエステル。
それについてはトアも一言一句同意する。
「俺も同じ気持ちだよ、エステル」
「じゃあ、これからも村長のトアには頑張ってもらわないと。もちろん、私たちもそのお手伝いをするけど」
「ああ。期待しているよ」
ふたりはお互いに笑い合って、再びお祭り会場へと向かって歩きだす。
魔獣に故郷を奪われて悲しむ少年少女はもういない。
新しい故郷で、新しい仲間と、新しい人生を歩んでいる。
トアとエステルにとって、ここ要塞村は胸を張って故郷と呼べる場所となっていた。
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