第120話 精霊女王

 植物城は外観の壮大さに比べて中は至ってシンプルな構造をしていた。

 真っ直ぐに伸びる草花で造られた廊下をひたすら進んでいくと、徐々に何とも言えない異様な気配が周囲から漂ってくる。


「この先にいるのは……只者じゃないぞ」

「そのようね」

「わふっ!」

「僕のサーチ機能を使うまでもなく、この城全体を包む不気味なオーラからもそれは察することができます」

「気を引き締めていきましょう」

「戦闘は不慣れですが、みなさんの足手まといにならないよう全力を尽くします」


 トアたちは気を引き締めて、植物城の奥へと歩みを進めていく。

 一方、ローザは頼もしい若者たちの背中を見つめながら目を細めていた。




 ――終戦後、このディーフォルがある旧帝国ラダウ地方を領地としたセリウス王国に研究の名目で調査をさせてほしいと願い出たのは今から九十年ほど前。あれから何度かディーフォルを訪れる人間がいた。そのすべてが帝国の無血要塞に隠されていると噂されるさまざまな魔法兵器であった。

 しかし、森に潜むモンスターに食い殺されたり、道に迷ってのたれ死んだりと不幸な最期を迎えた者たちを何度も見てきた。

 そんな中で、このディーフォルを住居として利用し、しかも様々な種族の民と協力し合い、ディーフォルを要塞村と名付けて生活をしていた。


 あれにはさすがのローザも驚きを隠せなかった。

 その場では平静を装っていたが、内心では「こんなバカな」と自分自身を疑っていたほどである。

 ただ、話をしていくと、まとめ役を担っていたトア・マクレイグという少年の人間性がよく分かり、彼のような人物ならばこのような村を実現することも不可能ではないと思うようになった。その気持ちはローザ自身が村民となって、彼らと生活を共にする間、さらに強くなっていたのだった。




そして今――その要塞村の危機を救うため、強く成長した若者たちが強敵に挑もうとしている。


「果たして……どう転ぶかのぅ」


 誰にも聞こえないくらい小さな声で、ローザは呟いた。

 実を言うと、ローザにはこの植物城の主に心当たりがあった。もし、その通りの人物であるなら、大地の精霊たちが行方不明になった理由も見当がつく。


 そうこうしているうちに、先頭を行くトアたちはある部屋へとつながるドアへと行き当たった。見るからに重厚で派手な装飾が施されており、いかにも力ある者が控えている部屋といった感じだ。


「どうやらここが終着点ってわけらしいな……」

「この城の主がいる部屋のようですね……凄まじい魔力が」


 フォルがサーチ機能を使い、この先に渦巻く強大な魔力を探知する。


「気を引き締めていくわよ!」

「ええ」

「わふっ!」

「分かりました」


 クラーラ、エステル、マフレナ、ジャネットはそれぞれ臨戦態勢をとる。


「トアよ……この先におるのは恐らく、これまで戦った中でも最上級の強者じゃ。心してかかれよ」

「はい!」

「まあ、当然、危うい展開になればワシも手を貸すがのぅ」

「大丈夫ですよ。……僕たちが勝ちますから」

 

 力強くトアが宣言すると、ローザは何も言わず頷いた。それを見届けたトアは最後の部屋へとつながる扉を開けた。

 ギギギ、という音を立てて扉はゆっくりと開かれていき、その先にある部屋の全貌が明らかとなった。


 高い天井。周囲の壁にはかつての要塞村のように蔦が巻き付いている。そして目の前には玉座があった。


「どこの誰だか知らないけど、人の村の近くにこんなお城を勝手に建てて国王気取りってわけ? いい迷惑だわ」

「いや、相手は国王ではなく――恐らく女王じゃ」

 

 最後尾にいたローザがそう語ると、一斉に視線がそちらへと注がれた。


「ローザ様……もしかしてここの城主と知り合いなのですか?」

「知り合いというか……リディスたちがおらんくなった元凶とでもいうか……まあ、まだそいつが相手かどうかは分からないが――」

「みんな~」


 ローザが話しづらそうにしていると、どこからともなく声がする。その主は、行方不明になっていた大地の精霊リディスであった。


「リディス!? どこにいるんだ!?」

「トア! あそこよ!」


 叫ぶエステルが指さしたのは高所にある壁の一部。そこは少し形状が異なっており、まるで鉄格子のついた檻のようになっていた。植物で造られたその檻の中に、要塞村で暮らしていた精霊たちの姿があった。


「ここは危ないのだ~。すぐに引き返すのだ~」


 リディスはそう訴えるが、当然トアたちは引き返すつもりなど毛頭ない。


「わふっ! 今助けますよ!」


 真っ先に動いたのはマフレナだった。

 金狼状態のマフレナは、腰を落として踏ん張ると檻のあるところまで跳躍する。


「ちょっと離れていてね!」


 マフレナは腰をひねり、蹴りを放って檻を破壊しようと考えているらしい。金狼状態のマフレナの手にかかれば、それくらい容易いだろう。そう考えていたトアたちであったが、気がつくと、マフレナの腰には壁から伸びてきた蔦が絡まっていた。


「!?」


 その蔦はまるで生物のようにうねうねと動き、マフレナの動きを封じると地面に叩きつけようと放り投げた。


「マフレナ!!!」


 トアはマフレナを助けるため駆けだし、そのわがままボディをダイビングキャッチ。地面と激突する寸でのところで間一髪間に合った。


「大丈夫かい、マフレナ」

「と、トア様……」


 身を挺して守られたことが嬉しかったのか、マフレナは尻尾を全力で左右に振り、トアに抱き着いた。「今は緊急事態だから!」と、引きはがそうとするトアだが、金狼状態であるためいつも以上にパワフルであるマフレナにされるがままとなっていた。


「て、この非常時に何やっているのよ!」

「あっ! そ、そうでした!」


 クラーラからのツッコミを受けてようやく我に返るマフレナ。すると、何かの気配を感じ取ったローザが全員にそれを伝える。


「皆、戦闘用意をせよ。――ヤツがきたぞ」


 黒幕の登場。

 それを悟ったトアは玉座へと視線を向ける。そこには、青い髪に緑色の肌をしたキツい目つきの成人女性がいた。


「わらわの――この地の精霊女王の城へよく来たな」


 妖しげな笑顔を振りまく女性はトアたちを見下すような視線を添えてそう告げた。

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