第439話 名作家誕生?

 ある日の昼下がり。

 朝市のにぎわいもひと段落つき、のんびりとした空気が漂う中、トアもそれを味わうようにクラーラやジャネットのセドリックの喫茶店で過ごしていた。


 すると、そこへ、


「トア村長、来客よ」


 要塞村市場のまとめ役を担うナタリーが、トアを目当てに来客だと告げに来た。

 来客自体は別段珍しくもないのだが、

 

「相手はなんと女性よ」

「「っ!」」


 それが女性だと分かると、クラーラとジャネットが反応を示す。

 

「しかも若くて可愛い子よ」

「「っ!!」」


 さらにそれが若くて可愛いとなったら、さすがにそのままやり過ごすというわけにはいかなかった。


「トア……どういうこと?」

「私も気になります……」


 ゆらりとトアの前に立つクラーラとジャネット。

 全身にまとうオーラがいつもと違うことに身の危険を感じたトアは「こ、心当たりはないよ!」と弁明しつつ、「待たせるといけないから」と理由をつけてふたりの間をすり抜けて外へ出る。


 店の前にはひとりの女性が立っていた。

 黒髪の三つ編みヘアーに大きな眼鏡をかけたその女性――やはり、トアには見覚えのない人だった。


「あなたが噂の少年村長ですね!」

「え、えぇ、そうですが……あなた?」

「申し遅れました。わたくしはオリビエと言いまして、第一回小説家になれるコンテストを主催していた編集部の者です」

「小説? コンテスト?」


 そういえば、とトアは思い出す。

 以前、要塞村に住むオークのメルビンがこのコンテストに応募し、最終選考まで残ったと言っていた。彼女――オリビエはそのコントテストの関係者だという。

 

「その編集者さんがどうして要塞村に?」

「実は……メルビンさんをスカウトしに来たのです!」


 鼻息も荒く、編集者のオリビエは語った。

 曰く、コンテストの最終選考で漏れたものの、作品自体の評価は編集部でも高く、改めて協議をした結果、一部改稿の許可が得られれば、出版に向けて動きだしたい――それを伝えるためにわざわざセリウス王都より足を運んだのだという。


 それ自体は、とても喜ばしいことだとトアは思った。

 ――が、


「それにしても……メルビンさんって、どんな方なのでしょう。あんなに素敵な物語を書ける方ですから……きっと……」


 そのまま自分の世界へと突入するオリビエ。

 彼女の中のメルビンはすっかり妄想で塗り固められていた。


「まあ、募集要項に種族を明記する旨はありませんでしたからね」

「……だとしても、まさか向こうもオークが字を書いて作品を送ってくるなんて夢にも思っていなかったでしょうね」


 ジャネットとクラーラの言葉は、オリビエに届きそうにない。

 どうしたものかとトアが悩んでいると、


「何かありましたか、トア村長」


 タイミングがいいというか悪いというか、メルビンがその場に立ち寄ったのだ。


「あ、メルビン」

「えっ♪」


 うっかりトアがメルビンの名を口にしたことで、オリビエは振り返り――そのまま動かなくなってしまった。




 その後、なんとか復活したオリビエに、作者のメルビンがオークであることを伝えたが、なかなか信用してもらえなかった。

 しかし、メルビンが小説の内容やキャラづくりのヒントに要塞村の村民がかかわっていることを伝えると、ようやく信じたようだ。

 ――そして現在、オリビエは要塞村にとどまりつつ、メルビンとともに出版に向けて準備を行っている。


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