第505話 要塞村のお花見事情

 トアたちがヒノモト王国から帰ってきて数日が経った。

 ツバキ姫や妖人族たちの住環境を整え、村民たちへの紹介を済ませる頃にはすっかり辺りは春一色となっていた。


 要塞村にはさまざまな植物が存在しており、それらが鮮やかな色の花を咲かせている。

 中でも妖人族たちの関心を引いたのは、ヒノモト王国から贈られたサクラであった。


「まさかここでサクラを見られるなんて……」


 彼女たちの故郷であるヒノモト王国ではポピュラーであるサクラ。それをこの要塞村で眺めることができて、とても嬉しそうだった。


「他の花もいい感じで咲いているし……こうなったら、やるべきことはひとつだな」


 ツバキ姫と妖人族たちがサクラを眺めている様子を見て、トアは閃いた。


「ちょっといいですか?」


 それを早速実現へと移すため、ツバキ姫へと話しかける。


「なんですか?」

「要塞村のサクラはどうかな、と思いまして」

「とても美しいです。ここでサクラが見られるなんて本当に驚きです」


 鼻息も荒く、興奮気味に話すツバキ姫。

 

「なら、アレをやってみませんか?」

「アレ?」

「サクラの花を見てやることと言えば――」

「お花見!」


 さすがは本場ヒノモトの出身。

 ツバキ姫はすぐにトアの狙いを察する。そして、それは他の妖人族にも届き、さらには近くにいたクラーラやエステル、そしてフォルにも伝わる。


「だったらすぐに準備をしないと!」

「なんだか宴会続きね」

「エステル様、お花見とは何も酒を飲むだけがすべてではありませんよ」

「それもそうね」


 三人は要塞村流お花見を始める準備を行うため、他の村民たちへ声をかけに走った。


「こ、行動が早いですね」

「それがいいところさ」


 トアはそう言って笑いながら、ツバキ姫たちとともにクラーラたちのあとを追うのだった。



 お花見の開催はあっという間に村中へ伝わった。

 すぐに腕自慢たちが料理作りを開始。

 酒が足りないかもしれないとエノドアやパーベルへ調達に行く者も出始める。きっと、彼らから情報を聞いたふたつの町の住民も、これから花見をするために集まってくるだろう。


 今はすでにお昼を過ぎている時間なので、開始は夜となる見込みだ。


「そうなると、夜桜になりますね」

「夜桜?」

「そのままの意味ですよ。月明かりに照らされた夜のサクラは、昼間に見るのとまた違って見えるんです」

「それは楽しみだ」


 夜のサクラをじっくりと見た経験がないトアにとって、それは心躍る情報だった。



 こうして行われた要塞村流お花見は大盛況。

 当初の思惑通り、エノドアやパーベルからも夜のサクラを見ようと続々と人が訪ねてきて大賑わいとなった。


「こんなに賑やかで楽しい花見は初めてです」


 この状況に、ツバキ姫は満面の笑みでトアにそう報告した。

 一身上の都合で故郷であるヒノモト王国を出なければならなくなった彼女は、周囲に対して明るく振る舞っているものの、内心は傷ついているだろうとトアは感じていた。

 それが、この花見で少しでも和らいでくれたと思ったのだが――トアのそうした狙いは、見事に成功したようだ。


 結局、楽しいお花見は夜通し続けられることとなったのだった。

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