第374話 つけ狙う者。そして――

 それは、ある日突然訪れた。


「ついに捕まえたわ!」

「ぐえっ!?」


 要塞村の中庭で起きた大捕り物。

 捕まえたのはクラーラで、捕まったのは名も知らぬ中年男性であった。

 彼にかけられている容疑は村民へのストーカー行為。

 その被害に遭っていたのは、

 

「わふぅ……」


 マフレナだった。


「あなたね? 最近やたらとマフレナをつけ狙っていたのは!」

「ご、誤解です!」

「大人しく罪を認めて反省しなさい! でないと――ジンさんに八つ裂きにされるわよ?」

「ひいっ!?」


 マフレナが誰かにつけ狙われていて元気がないと知ってから、ジンはその正体を探るべく血眼になっていた。もちろん、トアも黙ってはおらず、犯人確保に向けてクラーラ、エステル、ジャネットたちの協力を仰いで捜査を続けていたのである。


 その結果、フォルのサーチ機能により犯人が特定され、こうしてお縄となったのだ。


「す、すみません! 何も悪さをするつもりはなかったんです! 本当です!」

「純粋無垢でスタイル抜群で誰にでも優しいまるで天使のようなマフレナに邪な気持ちがなかったっていうの!」

「クラーラ様、褒め殺しが過ぎてマフレナ様の顔が真っ赤です。それ以上はオーバーキルになります」

「あっ」


 耳まで真っ赤にして俯くマフレナと目が合い、気まずくなるマフレナとクラーラ。一方、

 

「最近……マフレナさんはそういった部分を気にするようになりましたよね」

「私たちと付き合うようになって、羞恥心が高まっているのかしら……」


 謎の分析を始める頭脳系女子エステル&ジャネット。

 とりあえず、話を聞こうとトアとフォルが男へと尋ねる。


「マフレナをつけていたのは事実ですね?」

「え、ええ……で、でも、それはやましい気持ちからではないんです!」

「ほほう。では、どのような目的でマフレナ様に接近を?」

「僕は――マフレナさんの毛が欲しいんです!」

「やっぱ叩き斬るわ!」


 クラーラが大剣を振りかざして斬りかかるも、エステルたちがそれを止める。


「あ、あの、毛って……」

「す、すみません! 言葉が足りませんでした! 体毛です!」

「余計悪いわよ!」


 話せば話すほど墓穴を掘る男性。

 とりあえず、周囲を落ち着かせてから聞き取りを再開した。


 それによると、男性はファッションデザイナーであるらしく、以前から冬の新作コートにこれまでなかった斬新な素材を使おうと考えており、今何かと話題の要塞村を訪れ、銀狼族と出会った。

 中でも、マフレナ自慢の尻尾のもふもふぶりに感激し、是非その毛でコートを作りたいというが、


「ダメに決まっているでしょ!」


 と、クラーラをはじめ全女子から総スカンを食らう。マフレナ自身も、やはり恥ずかしさが先に立つようだ。

 男性は「コートがダメならマフラーだけでも!」と食い下がるが、結局、本人からの強い要望もあって流れたのだった。


「ですが、惜しいですね」

「何がよ」

「もしもそのコートが完成していたら、マフレナ様でマスターを包み込むことができたというのに」

「あんたねぇ……」

「マフレナ様で! マスターを! 包み込むのです!」

「やかましい!」


 クラーラの右ストレートで吹っ飛ばされるフォルの頭部。

 ――が、エステルとジャネットは見逃さなかった。

 フォルの発言後、マフレナが満更でもない表情をしていることに。



「って、あれ? そういえば……」


 その時、苦笑いを浮かべていたトアが何かに気づく。


「どうかしましたか、トアさん」

「ああ、いや……こういう話の時って、大体どこからともなくやってきたシャウナさんが絡んでくるものだけど、今日はいないなって」


 お祭りごとが好きなシャウナがここに絡んでこないことをトアは不審に感じたのだ。


「言われてみれば……朝食の時もいなかったわね」

「どこかへ出かけたのかな……?」


 そう言って、トアは空を仰ぐのだった。




  ◇◇◇




 ストリア大陸南西部――オルデ湿原。


 十メートルクラスの巨大で獰猛なモンスターが多数生息し、人間社会から隔絶されたような場所に、シャウナの姿はあった。


 そのシャウナを挟むように、かつての仲間――ふたりの八極が立っている。


「まさか、八極一きまぐれなあなたが彼の誘いに乗ってくるなんて……」

「正直、吾輩も驚いたぞ……」


 死境のテスタロッサ。

 それに、赤鼻のアバランチ。


 両者は険しい表情でシャウナを迎え入れた。


「私はあの手紙を寄越した男に用があったのだが……不在のようだな」


 要塞村にいる時は絶対に見せない真面目な顔つきで、シャウナはそう口にする。

 と、


「嬉しいねぇ」


 少し離れた位置に、この湿原に生息する巨大モンスターが横たわり、息絶えている。その上にはひとりの男が胡坐をかいて座っていた。


「ダメ元で送ったんだがなぁ……まさかおまえが俺の呼び出しに応じてくれるとは驚いたよ」

「ヴィクトール……」


 シャウナを待っていたのは八極のリーダーであるヴィクトールだった。


「君も忙しない男だな。魔界でカーミラと悪だくみをしていると思ったら、戻ってきてモンスター退治とは……騎士団の真似事でも始めたのかい?」

「ははは、そうカリカリするなよ」


 ヴィクトールはモンスターの上から飛び降りると、シャウナへと近づく。


「やっぱり、あの手紙にあった内容が気にかかったか?」

「……事実なら、な」

「それをこれから調べようっていうんじゃないか。そのためには、考古学者でもあるおまえの知識が必要だった。だから、呼んだんだよ」


 ヴィクトールはそう言ってからひと呼吸挟んで、


「しかし、ここへ来たということは――手紙に書いた通り、要塞村を出るという決意を固めたと受け取っていいんだな?」


 確信に触れるのだった。

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