第186話 脱出開始!
ユースタルデ教会を訪れた聖騎隊のジャン・ゴメス隊長は、シスター・メリンカに国外脱出を果たすまでの段取りを説明した。
「急な話になってすいません。いろいろと準備に手間取ってしまって」
「い、いえ……でも、それに手を貸したあなたは聖騎隊で立場を失うのでは?」
「その点については何も問題はありません。俺もこの国を出るつもりでいます」
「えっ!? そ、そうなのですか!?」
シスター・メリンカは困惑した。
というのも、今現在、かつては彼女の「孤児を預かり育てる」という行為が国に認められ、協会運営のための支援金が送られていたが、ここ数ヶ月の間にそれが打ち切られてしまっていた。
それでなんとか今日までやってくられたのは、目の前にいるジャン隊長の尽力によるところが大きい。彼は食糧や生活必需品などを無償で提供し、子どもたちの生活を陰ながら支え続けてくれていたのだ。
だが、そのジャン隊長がいなくなってしまうとなると、教会の運営は完全に行き詰ってしまうだろう。それほどまでに、今のフェルネンド聖騎隊には彼のような本来の騎士としてあるべき姿を持った者はいないのだ。
そうした事情はもちろんジャンも知っている。
なので、シスター・メリンカと子どもたちも一緒にフェルネンドから脱出をしようと呼びかけた。
「そ、それは……でも……」
シスター・メリンカは躊躇っていた。
今のフェルネンド王国の政治体制で教会を運営していくことは不可能だ。それでも決断できない理由は、ジャンが脱出先だと告げたセリウス王国内での生活の不安だった。教会には育ちざかりの子どもたちが十人以上いる。場所もお金もかかるのだ。
ジャンはそんなシスター・メリンカの揺れる心を包むように、優しげな笑みを浮かべて語り始める。
「大丈夫ですよ、シスター。あなたたちを受け入れてくれると申し出ている村がある」
「え? わ、私たちを……ですか?」
こんな面倒な条件縛りのある自分たちを受け入れてくれる場所――それは当然、シスターがよく知るあのふたりが住む村だ。
「トア・マクレイグが村長を務める要塞村です」
「と、トアの村へ!?」
「そうよ。すでに私が彼らに会った時にこの話はしておいたの。トアもエステルも、それにすでに住んでいる他の村民たちもあなたたちを迎え入れる準備を進めているわ」
「トアとエステルが……」
「あの子たちはもう小さな子どもじゃないわ。あなたを助けようと準備を進めているの」
ナタリーがシスター・メリンカの手を取って説得を続ける。
「だから、ジャン隊長たちと一緒にこの国を出ましょう? トアたちが待っている要塞村でなら、子どもたちと一緒にまた昔みたいに暮らせるはずよ」
「…………」
熱のこもるナタリーの説得はシスター・メリンカの心動かした。
「分かりました。子どもたちに事情を説明します」
「頼みます」
「奥で休んでいる客人には悪いけど、すぐに出ていってもらうよう伝えておいて」
「はい。彼女は旅人で、少し足を休めるために立ち寄ったそうです。事情を話せば……」
「お願いします。ああ、それと、国外脱出の計画については内密にお願いします。どこで情報が漏洩するか分かりませんから」
「ええ……肝に銘じます」
そう語るシスター・メリンカの表情は強い決意に満ちていた。ジャンとナタリーはこれならもう大丈夫だろうと、次なる計画へ向けて行動を開始するため一旦教会をあとにし、コノンの町へと戻った。
計画の概要は至ってシンプルだ。
まず、この辺り一帯は王都から近いということもあって聖騎隊の目も厳しい。一度に大勢の人を逃がすとなると、どうしても目立って見つかりやすい。
そこで、脱出作戦の責任者であるジャンは聖騎隊に大規模な国外逃亡を企む輩がいるという情報を伝える。真面目な性格で幹部からの信頼もあるジャンの報告を鵜呑みにした聖騎隊は、報告のあった場所へ軍勢を派遣し、ありもしない脱出計画の阻止に向かった。
狙い通りの動きを見せた聖騎隊を嘲笑うように、報告者であるジャンをリーダーとする脱出組はコノンの町に集結し、聖騎隊が王都から離れたタイミングを見計らってまったく逆の方角からセリウス王国を目指して出発した。
この計画は見事に成功し、四つの部隊に分けた脱出組は三部隊までがフェルネンドを出てセリウスの領地内へと入った。
そこにはすでにセリウス騎士団が待ち構えており、保護へと走る。
次々とセリウスに入国してくる元フェルネンドの国民を、少し離れた位置から見守っている男がいた。
「これだけの数を受け入れてくれたセリウスの国王陛下には頭が上がらんな」
今回の脱出計画に絡んでいた黒幕とも呼べる人物――元フェルネンドの大臣で、ネリスの父でもあるフロイド・ハーミッダであった。
彼は聖騎隊のジャン隊長からの要請を受け、セリウス側に協力を掛け合ったのだった。セリウス側がこれを快諾した背景には、フロイドがよほど有益な情報をセリウス側に渡したということでもある。
「フロイドさん!」
状況を見守るフロイドのもとに、今回の脱出作戦をサポートしたホールトン商会のナタリーがやってくる。
「無事だったか、ナタリー」
「ええ! ジャン隊長の作戦がズバリ的中しました! 以前に比べて指揮系統がほとんど機能していないこともあって、聖騎隊は誰もいない南部の森林を延々とさまよっています!」
「そうか」
フロイドは努めて冷静にナタリーからの報告を聞き終えると、ひとつ大きく息を吐いた。
「さて、残るはジャン隊長とシスター・メリンカたちか……」
まだ全員が脱出したわけではない。
最後のひとりがこの地へ到着するまで、フロイドは心から喜ぶことができなかった。
◇◇◇
「よし、いいぞ。この調子ならあと一時間ほどで到着だ」
夜の山道を馬車でひた走る。
御者を務めるジャンは、背後にある荷台の中で、寝息を立てる子どもたちへと視線を移す。急な大移動の準備に疲れ果てて眠ってしまったようで、全員が眠っていた。
そんな中で、唯一自分以外の大人であるシスター・メリンカへと話しかけた。
「シスターも寝てもらって構いませんよ。ここまでくればあと少しですから」
「いえ、私は起きていますよ。あなたが必死になって私たちを運んでくださっているのに、寝ているなんてできません」
「シスター……」
シスター・メリンカの優しさを感じつつ、絶対にセリウスまで――トアたちの要塞村まで彼女たちを無事に送り届けようと決意を新たにしたジャン。
だが、次の瞬間、目の前を巨大な「何か」が横切り、それに驚いた馬が動揺してその場を暴れ回る。
「ぐっ!? な、なんだ!?」
横切った「何か」の正体――それは巨大な岩石だった。
こんなところになぜ岩石があるのか、明らかに不自然だったが、その原因と思われるふたりの人物がジャンの前に姿を現す。
「お手柄ですよ、ガーくん」
「ウガァ!」
ひとりは熊の獣人族。
ひとりは右目が緑色で左目が藍色をしたオッドアイの少女。
両者共にフェルネンド王国聖騎隊の制服に身を包んでいた。
「せ、聖騎隊だと!? バカな!? なぜここが!?」
困惑するジャン。
すると、ふたりの背後からさらにふたつの人影がこちらへと迫ってくる。
「ね? 私の言った通りだったでしょ、先輩♪」
「ただのまぐれだろうが。……でもまあ、今回ばかりはそのまぐれのおかげで手柄はいただきだな」
現れたのはオルドネス隊に所属するプレストンとミリアであった。
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