第185話 フェルネンド脱出計画

 冬の寒さが厳しさを増してきたある日。

 ストリア大陸最大国家――フェルネンド王国の王都からさほど離れていない位置にある小さな町・コノン。この町の外れに、シスター・メリンカと子どもたちがいるユースタルデ教会があった。


 普段はあまり人が近寄らない場所なのだが、今日は珍しく来客があり、シスターが応対していた。というのも、来客というのはシスター・メリンカと親交の深い、いわゆる親友と呼べる立場の人物だったからだ。そのため、机に対面する形で座る相手に対し、シスター・メリンカは終始笑顔で接していた。

 その人物とは、


「久しぶりね、ナタリー」

「ええ。元気そうで何よりだわ」


 ホールトン商会のナタリー・ホールトンだった。


「相変わらず人助けをしているようね」


 ナタリーはチラリと視線を横にずらす。

 そこは別室へとつながるドアがあるのだが、そのドアノブには木製のプレートが掲げてあって、「使用中」の文字が書かれていた。部屋の正体は道に迷ったりして困っている人を泊めるための部屋だ。

 そこが使用中ということは、誰かよそ者がこの教会内にいるということになる。


「素性の知らない人を勝手に入れちゃダメよ?」

「そ、そうなんですけど……放っておけなくて」

「はあ……ま、そこがシスターのいいところなんだけどね」


 ため息交じりに言うナタリー。


「それにしても、ホールトン商会はフェルネンドから手を引いたって聞いたけど……」

「まあね」


 暴走を始めたフェルネンド王国との取引をすべて中断したホールトン商会は、その後フェルネンド国内から完全撤退をした。

 だが、聖騎隊に残った数少ない善良な兵士たちからの協力要請を経て、密かにフェルネンド国内に潜入。依頼主であるジャン・ゴメス隊長が拠点にしているコノンの町へとやってきていたのだ。

 ここではフェルネンドからの脱出を願う民が集結し、ジャン隊長が計画する国外への脱出計画のため息を潜めていた。


 ただ、この事実をシスター・メリンカは知らない。 

 ナタリーはその国外脱出計画にシスターと子どもたちを参加させるために事態の説明をしに来たのだった。

 しかし、いきなり本題へ入っても理解が追いつかないだろうと、ナタリーは少し遠回りすることにした。


「今日は別件できたのよ」

「別件?」

「そう。――ねぇ、シスター……トア・マクレイグとエステル・グレンテスを覚えてる?」

「もちろんよ。あの子たちの安否がずっと気がかりで……」

「そのことなんだけど……私、会ったのよ」

「え? 会ったって……」

「トアとエステルに会ったの」

「!?」

 

 ナタリーがトアとエステルに会ったことを伝えた次の瞬間、シスター・メリンカの目じりに涙がたまった。そしてとうとう手で顔を覆い、机に突っ伏してしまう。


「大丈夫、シスター」


 心配して声をかけるナタリー。シスター・メリンカはナタリーの言葉を受けると、グッと涙を堪えて顔をあげた。トアとエステルの話が聞けるとなったら、このまま嬉しさに泣き崩れているわけにはいかない。


「話を続けて、ナタリー」

「分かったわ」


 シスター・メリンカの強い意志を感じ取ったナタリーは、自分が要塞村で出会ったトアたちの近況について語り始める。


「まず、トアとエステルは一緒に暮らしているわ。とても仲良く、そして気の良い仲間たちと一緒に楽しく、ね」

「そ、そう……」


 再びシスター・メリンカの声が震える。

 トアとエステルを小さい頃から知っているシスターは、当然その辛い過去についても報告を受けている。だから、今は楽しく幸せに暮らしていると知るとホッと安堵したと同時に嬉し涙が出てきたのだ。


「そう……なら、ふたりは無事に結ばれたのね」

「え?」

「ふたりは一緒に暮らしているのでしょう? もう聖騎隊の一員ではないし、もしかして夫婦になっていたりとか?」

「あ、ああ、それは……」


 シスター・メリンカの追及に思わずしどろもどろになるナタリー。

 ナタリーとしても、幼い頃から弟や妹のように可愛がっていたあのふたりが、聖騎隊を抜けて一緒に暮らしていると従妹のエドガーから聞いた時、お互いの想いが通じ合って結ばれたのだと感動した。要塞村へ行った時も、「もしかしたらエステルが妊娠していたり!?」などと考えていたが、そこには自身の予想を遥かに凌駕する事態が待ち構えていた。



「トア♡」

「トア様♡」

「トアさん♡」


 

 エステルだけでなく、他にも三人の少女が明らかにトアへ好意を抱いていた。おまけに、従妹のエドガーも所属しているエノドア自警団には、幼い頃からトアに対して怪しい感情を抱いている節が見られたクレイブもいる。

 そのため、トアとエステルはふたりきりでイチャイチャというわけにはいかない――どころか、養成所時代からまったく進展していなかったのだ。


「え、えっと……シスター? ふたりはまだまだ子どもだから、ね?」

「! そ、そうですね。私としたことが……」


 さすがに先走りすぎたと反省し、赤面するシスター・メリンカ。

 とりあえず、トアとエステルの進展具合については置いておくとして、ここから肝心の国外脱出について話し始める。


「シスター……実は今、トアくんはある村の村長をしているの」

「トアが村長?」


 シスター・メリンカの反応は薄い――それは、唐突かつあまりにも現実味がない話だったため無理もないことかもしれない。

 だが、その後もナタリーが必死にトアの近況について語っていくと、だんだんと事の重大さに気づいて表情が引きつってきた。


「と、トアがそんな……とんでもない種族たちを束ねる存在になっていたなんて……」

「これは事実よ。すでにセリウスでは大臣クラスも注目する村にまで発展しているわ」

「そ、そんな……いえ、でも、優秀なトアだったらそれも可能かもしれない……」

 

 とりあえず、トアが要塞村という凄い村の村長であることは認識できたようなので、ここから本題へと移ろうとした時だった。



「そこから先は俺が話そう」



 教会にやってきた成人男性。

 彼こそ、フェルネンド聖騎隊の一員でありながら、国外脱出を手助けするジャン・ゴメス隊長であった。

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