第187話 思わぬ助っ人

※年末年始の投稿ですが、1月1・2日はお休みになります。

 3日から再開しようと思っているのでよろしくおねがいします<(_ _)>



「プレストン……」


 引きつった表情を浮かべるジャン。

 その理由は、聖騎隊に見つかったというだけではなかった。


「やはり裏で糸を引いていたのはあんただったか……」

「……なぜここが分かった」

「最初から胡散臭かったんだよなぁ。いつも俺に迂闊だの軽率だの説教垂れていたくせに、今回の脱出に関する報告は穴だらけで確たる証拠は何もない。そこでピンと来たんだよ」


 愛用の武器である長槍を肩に担ぎながら、プレストンは気だるそうに言う。――と、ここでミリアが手をあげた。


「先輩! 最初に気づいたのは私ですよ! 何自分の手柄みたいに言ってるんですか!」

「おまえは俺がジャン隊長の動きがおかしいって話を聞いてから勝手に話し始めただけだろうが」


 言い争いを始めるふたり。


「プレストンさん、ミリアさん、今は任務の真っただ中ですので痴話喧嘩は終わってからにしてください」

「ウガァ……」


 そんな両者をなだめるように、オッドアイの少女が割って入った。さらに、少女の裏には熊の獣人族が呆れたような声をあげる。


「好きでやっているわけじゃないんだがな」

「そうですよ!」


 四人はワーワーと騒ぎ始める。

 すると、後ろの荷台からシスター・メリンカの声が。


「じゃ、ジャン隊長……」

「心配はいらない。君たちは必ず俺が送り届ける――この命に代えても」


ジャンはこの窮地から脱しようと馬を走らせようとする。が、その動きをプレストンは見逃さない。


「ガルド!」

「ウガァ!」


 熊の獣人族ガルドはプレストンの声に反応し、凄まじい跳躍力であっという間に馬車の進行方向へと移動する。


「何っ!?」

「ウガァ!!」

 

 馬車の前に立ちはだかったガルドは、全力で走る馬を全身で受け止めて完全に動きを封じてしまう。さらに、馬車と馬をつないでいる縄を自慢の怪力で引きちぎると、そのまま馬を夜の森へと解放した。


「さて、これでもう逃げ場はなくなったわけだ」

「くっ!」


 ゆっくりと近づいてくるプレストンたちに対し、ジャンは剣を抜いた。


「やろうってのか?」


 長槍を持ち換え、切っ先をジャンへと向けるプレストン。


「……あんたには散々説教を食らったが、一応は元隊長と部下の関係だ。おとなしく投降すれば後ろの荷台にいる連中には手を出さねぇ」


 長槍の先端で荷台を指しながら、プレストンはそう要求する。

 ジャンとしてはその要望は呑めないものだった。

 当然ながら、この場においてもっとも優先されるべきは子どもたちとシスター・メリンカの安全である。

 実戦経験豊富で、指導力も高く評価されているジャンだが、さすがに四人の若い兵士と同時に戦って勝つことはほぼ不可能だ。

 しかし、だからといってこのままシスターと子どもたちをフェルネンドに返せば――待っているのは暗い未来。

 絶体絶命の大ピンチ――そんな状況下で、ジャンが動いた。


「……俺たちと来い、プレストン」

「何?」

「おまえだって、今のフェルネンドに明るい未来があるとは思っていないだろ?」

「……さてね」


 少し言葉に詰まるプレストン。

 ジャンの言っていることに少なからず同意しているようにも受け取れた。


「今や大陸の中心はセリウスになりつつある。ヒノモトとの関係強化や産業の発展……それだけじゃない、要塞村の存在だって――」

「要塞村?」 


 プレストンの反応に対して、ジャンの表情が強張る。その表情は「しまった!」という口を滑らせた際に見せるものであった。

 セリウスがさまざまな面で大きな躍進を遂げた背景には魔鉱石の採掘で大きな収益をもたらしたエノドアと、ヒノモトとの貿易の玄関口であるパーベルの存在が大きい――というのが公的な見解だった。

 だが、そのふたつの町が王国の成長に貢献できた要因として要塞村がある。それについてはナタリーやフロイドからの情報で知っていた――それに合わせて、プレストンが要塞村の村長であるトアに対して対抗意識というか、張り合っているところがあることも知っていた。

 さらに言えば、エノドア自警団にいる兄クレイブに異常なまでの執着を見せるミリアの存在も気がかりだった。

 このふたりが、セリウスにトアとクレイブがいることを知れば――そう考えると、先ほどのリアクションは大きな失態と言えた。


「セリウスに要塞なんてありましたっけ? ユーノは知ってる?」

「恐らく、屍の森にある無血要塞ディーフォルのことでは?」


 首を傾げながら質問するミリアに、オッドアイの少女――ユーノがそう答えた。


「要塞村……ディーフォル……そこに何かあるんだな?」


 勘のいいプレストンは、ジャンのリアクションで要塞村という場所に自分と何か関係があるモノが存在していることを察する。


「まあ、詳細は城で聞かせてもらうとするか。最近になって数が増えた国外逃亡を先導している黒幕を捕まえたとなったら、俺たちの聖騎隊内での評価も大きく上がるし、良いこと尽くめだな」


 臨戦態勢に入ったプレストンを見て、他の三人も構える。

 ジャンは最終手段として、荷台にいる子どもたちとシスター・メリンカだけは逃がすために自分が時間を稼ごうと考えていた。それをシスターに伝えようとした瞬間、突如目の前に人影が飛び込んできた。

 プレストンたちが攻撃をしてきたのかと動揺したジャンだが、そのジャンよりも先に荷台にいたシスター・メリンカが叫んだ。


「あの子、教会で休んでいた子です!」

「! 客人というのは彼女だったのか」

 

 教会の来客室で休んでいたという少女。

 剣を手にした小柄な体格――そして何より目につくのは彼女の頭にピョコンと生えた大きな兎耳。


「なんだか不穏な音が聞こえたから飛んできたけど……正解だったみたいね!」


 兎耳をピコピコと動かしながら得意げに語る少女は、剣先をプレストンたちへ向ける。それから、くるりと振り返ってジャンたちへ笑顔を贈った。


「もう大丈夫だからね!」

「あ、ああ……君は?」

「私の名前はリスティ。ご覧の通り兎の獣人族よ」

「そ、そうか……それで、リスティはどうしてここに?」

「恩人の危機に素通りしたとなったら獣人族の名折れだからね! 手を貸すよ!」


 かつて、屍の森サバイバルで獣人族チームとして参加していたリスティ。義理堅い彼女は休む場所を提供してくれたシスター・メリンカのために助太刀してくれるのだという。

 

 だが、「焼け石に水だ」というのがジャンの本音だった。

 

 まだ数の差でも劣勢だということもあるが、ジャンがもっとも恐れていたのはリーダーのプレストンだった。以前は直属の部下であったクレイブの実力を、ジャンはこの場にいる誰よりも理解している。

 現れた助っ人獣人リスティの実力は未知数。だが、少なくともプレストンひとりを相手にするのは厳しいだろう。助けてくれる心意気には深く感謝したいが、このままではリスティも一緒に連行されてしまう可能性が高かった。


 と、その時、


「リスティ! 急に走りだしてどうしたんだ!」


 茂みの向こうからさらに声がする。

 現れたのはふたりの男。

 ひとりは獣人族のようだが、人間と変わらぬ容姿であるリスティとは少々外見の特徴が異なっていた。二足歩行と言葉を話すという点を除いてはほぼ蛙だったのだ。

 彼の名はウェイン。

 リスティと同じく、屍の森サバイバルに参加していた蛙の獣人族だ。

 そして、もうひとりは――


「うっ!?」


 白髪の偉丈夫。

 声を発することもなく立ち尽くすそのいかつい顔つきの男は、ただそうしているだけで歴戦の勇士であるジャンを圧倒する。

 相当な実力者であることはすぐに理解できた。


「……ユーノ。あいつらをおまえの鑑定能力で調べろ」

「分かりました」


 一気に三人も敵が増えたことで、プレストンは《鑑定士》のジョブを持つユーノにその実力を鑑定させた。


「兎と蛙についてはたいしたことなさそうですが……えぇっ!?」


 リスティとウェインに続き、白髪の大男を鑑定していたユーノから驚きの声があがる。


「どうした?」

「あ、あそこにいる白髪の大男……とんでもない実力者です」

「何?」


 いつもは冷静なユーノがここまで取り乱すほどの力。

 獣人族たちを引き連れる白髪の大男――この情報には聞き覚えがあった。


「まさか……ヤツはあの《白獅子のライオネル》か?」


 大男の正体は八極と肩を並べるほどの実力があるとされる白獅子のライオネルではないかという仮説を立てたプレストン。だが、その仮説の真偽はすぐに明らかとなった。


「援軍到着で勝利は確定ね! あなたたちがあの黒蛇のシャウナ様も恐れたこの白獅子のライオネルに勝てる自信があるならかかってきなさい!」


 兎の獣人族リスティはそう言い放ち、ドヤ顔を添えて高らかに笑うのだった。

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