第597話 要塞村を訪ねてきた女③ 目的

 要塞村はもはやただの村ではない。

 外から見れば、多くの種族が仲良く暮らしている平和な村にしか映らない――が、その村人たちの中にはとてつもない戦闘力を秘めた者も少なくない。


 もはや中堅国家レベルでは歯がたたないほどだ。


 ――だが、強者たちはみんな村長であるトアに従う。

 トア自身もそれをよく理解しているので、こういった誘いに関しては冷静に対処しようと心掛けていた。商売絡みの案件はナタリーの専門分野なので、彼女の意見を参考にしようとしたのだが、ルクレシアの発言でそれを一旦中止する。


 誰よりナタリー自身がそれを気にかけていたようだ。


「要塞村には行商の者たちが市場を開いていますが、店舗を構えている者はいません。あくまでも限られた場所で商売をやっています」

「なるほど……先ほど見させてもらったけど、確かにそれぞれの商人が与えられた場所でのみ商売をやっているようね。そこへ突然宿屋なんてできたら、面白く思わない者も出てくるでしょう」


 トアはハッとなる。

 多くの宿屋を経営しているらしいルクレシアを招き入れた場合、他国とのトラブル――つまり国際問題へと発展してしまうのではないかという心配もあった。だから、バーノン王へ話を持っていくべきではと思ったが、課題はそれだけにとどまらない。


 要塞村の市場に来ている商人たちがどう思うか。

 それは長らく商会として世界中を飛び回っていたナタリーだからこそ気づける点であった。


 指摘を受けたルクレシアは静かに笑みを浮かべた。


「さすがは元ホールトン商会所属の商人……万全の準備を整えてきたつもりだったけど、私はこの要塞村のスケールを甘く見ていたようね」


 それまで座っていた椅子から立ち上がると、仲間たちへと合図を送る。


「今日のところはここで失礼するわ」

「えっ?」


 思ったよりもあっさり引き下がったルクレシアたちを見て、トアは思わず気の抜けた声をだす。それに気づいたルクレシアは、トアへ微笑みかけた。


「トア村長……私たちはまずバーノン国王にお会いし、それから商人たちともお話をさせていただきます」

「は、はい」


 成功を収めた者が放つ、強者のオーラ。

全身をそのオーラに包まれていたルクレシアだが、円卓の間から去る際に見せた微笑みはとても穏やかに映った。


 彼女の歩く姿を目で追っていたトア――その前に、ひとりの大柄な男がやってきて、


「ありがとうございました」


 突然お礼の言葉を述べる。


「ルクレシア様はこの要塞村へ来て、何か感じるものがあったようです。私はあの方の護衛をして長いですが、あんな穏やかな顔つきは初めて見ましたよ」


 男はそう告げ、最後に一礼をしてから円卓の間を出ていく。


「悪い人じゃなさそうですね」

「そ、そうですね」


 肩の力が抜けたトアとナタリーは、揃って大きく息を吐くのだった。

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