第208話 本当の狙い
「……恐れていた事態だわ」
要塞村。
エステルの私室。
急遽集められたクラーラ、ジャネット、マフレナの三人。そのうち、事情を知るクラーラは複雑な表情をしているが、朝、調理場で起きていたあの衝撃的なシーンを目の当たりにしていないジャネットとマフレナはキョトンと顔を見合わせる。
だが、クラーラから事情を聞くと、一気に表情が曇った。
「わ、わふぅ……」
「これは由々しき事態ですね」
事の重大さを理解したふたりは、この場の責任者であるエステルへと視線を向けた。
「前にも言った通り、性別が変わったクレイブくん――いえ、クレイブちゃんは私たちにとって危険な存在……」
幼い頃からクレイブを近くから見ていたエステルは、彼がいかにトアを想っているか知っている。
「女の子になったのを機に……これまでの秘めた想いを一気にぶつける気かも」
「確かに、調理場でのふたりの雰囲気は……」
現場を目撃しているエステルとクラーラの鬼気迫る表情から、ジャネットとマフレナはゴクリと息を呑んだ。
最強のライバル登場に、要塞村女子陣の間には張り詰めた緊張感が漂い始めていた。
一方、シャウナからの伝言を受け取ったローザはトアとクレイブを自室へと呼び出した。
「すまんな、トア。それと……」
「?」
カクンと小首を傾げるクレイブ。
エノドア自警団のクレイブ・ストナーという少年を知っている者からすると、そのような仕草をするとは到底考えられない。そのことから、ローザはシャウナの伝えてきた内容が真実であると実感した。
ローザがクレイブをジッと見つめていることに気づいたトアは、今朝からクレイブの様子がおかしいことをローザが気づいたのだと察し、それについて言及した。
「ローザさん、クレイブなんですけど……」
「ついに性格まで女のようになったのじゃろう?」
「やっぱり気づいていましたか」
「シャウナからの報告にあった通りじゃ」
「シャウナさんから?」
現在、女性化したクレイブが倒れていたという地下古代遺跡では、シャウナたち調査員たちが必死に解決策を調べてくれている。
過去に地下迷宮で見つかったアイテムにより、変調のあったトア(チャラ男)やクラーラ(幼児化)は時間の経過とともに元へと戻った。
今回のクレイブも、放っておけばそのうち元へ戻るかもしれないが、だからといって放っておくわけにもいかない。
シャウナからの報告があったということは、何か進展があったようだ。
「トアよ。クレイブじゃが……これまでとは少し状況が異なるようじゃ」
「え?」
解決策に関する情報かと思いきや、どうも違うようだ。
「ワシらは大きな勘違いをしておった」
「勘違い?」
「うむ。今の様子を見ても分かるが、クレイブは性別が変わっただけではなく――」
ローザの話しの途中であったが、ここでふたりは強烈な殺気を感じて身構える。その殺気は――クレイブから放たれていた。
「へぇ……ただのボンクラってわけじゃないんだ」
妖しく微笑むクレイブ。
明らかに何かを企んでいる顔だ。
「クレイブ……?」
「トア! その者はすでにクレイブではない!」
「えっ!?」
「シャウナがクレイブの倒れていた位置で壁画を見つけた。その壁画には人格の乗っ取りを思わせる絵があったそうじゃ」
「じ、人格の乗っ取り?」
「あら、そこまでバレていたのね♪」
無邪気に笑ってみせるが、瞳の奥は敵意に満ちている。
「じゃあ、今は誰かがクレイブの体を乗っ取っているってことですか!?」
「ご名答♪ ちょっと付け足すと、ただ乗っ取るだけじゃなく、クレイブ・ストナーという人間に私という存在を上書きするのよ」
「上書きじゃと?」
「そう。つまり――クレイブ・ストナーという少年の存在はなかったことになるの」
「「!?」」
クレイブ・ストナーの存在をなくす。
「……昨日の模擬戦で見せた剣を持てないってあれは演技だったのか」
「あなたたちを油断させるために、ね」
「油断か……で、ワシらを油断させて、おまえは何をするつもりだ? ……いや、そもそもおまえは何者じゃ?」
「ふふふ♪」
クレイブの存在を乗っ取ろうとする謎の女は、剣を抜く。
「……戦う気なのか?」
トアは剣を、ローザは杖を構える。
――だが、
「あら、いいの? 私を殺すとクレイブ・ストナーって子も一緒に死ぬわよ?」
「っ!?」
それは「もしかしたら」と想像していた最悪のシナリオ。敵の女を倒すことは造作もないことだろう。しかし、彼女を倒せば、クレイブの存在自体も消滅してしまうかもしれない――どうやらその読みは正しかったようだ。
「遺跡にはまだレラ・ハミルトン博士が隠した魔法兵器があるはず。私はそれを使ってこの世界を支配するつもりよ」
「それがおまえの狙いか……」
「そういうことよ、お嬢ちゃん。だから、あなたたちは私に手出しを――」
「できないとでも思ったか?」
ローザはためらいなく、拘束魔法を放つ。杖の先から放たれたいくつもの光の輪が女の体を包み、縛りつけた。
「なっ!?」
「未熟じゃな。その程度の力と脅しでワシらから逃れられると思ったか?」
「こ、こんな強力な拘束魔法をあれだけのスピードでしかも無詠唱なんて……あなた、何者なの!?」
「ん? てっきりワシのことを知っておるとばかり思ったがのぅ。……ワシの名はローザ・バンテンシュタインじゃ」
「!? う、嘘……あの枯れ泉の魔女!?」
「そうじゃ。相手が悪かったのぅ」
八極・枯れ泉の魔女の名を聞いた途端、女の顔が青ざめる――が、本当に青ざめるべき相手は他にいた。
「さて、お膳立てはしてやったぞ――トア」
「はい!」
トアは聖剣エンディバルを構え、今にも女へ斬りかかろうとしていた。
「ちょ、ちょっと!? クレイブ・ストナーが消滅するっていうのは脅しじゃないのよ!? 本当にいいの!?」
「じゃから、その程度は脅しにならんと言ったじゃろ」
「えっ?」
「トアはクレイブを斬らん。おまえだけを斬る」
「そ、そんなことが――」
「おまえのその魔法の正体は……レラ・ハミルトンの霊体化と似たようなものじゃろ?」
「!? ど、どうしてそれを!?」
「古代遺跡に眠っておったヤツと一戦交えてのぅ。まあ、結果はそこにおるトア・マクレイグの前に惨敗じゃったが」
以前、フォルを強化したバージョンの自律型甲冑兵を量産し、再び世界の支配に乗り出した天才魔法学者のレラ・ハミルトン。幽霊となり、実体のないレラでさえ、トアは見事に打ち破った。今回も、やることは一緒だ。
「はあっ!!!!!」
トアは黄金に輝く聖剣を振りかざし、女を一刀両断――が、聖剣は体をすり抜け、傷ひとつつけていない。それでも、
「ぐああああああっ!?!?」
一見すると無傷に見えるが、女は悶え苦しむと、徐々にその姿が透明になっていく。そしてその下から、クレイブ・ストナーの姿が浮かび上がってきた。
「こ、こんなことって……」
「あの世でレラ・ハミルトンによろしく言っておいてくるかのぅ」
ローザは笑顔で手を振り、消え去る女の最後を見送った。
「クレイブ!」
「と、トアか……」
取りついていた女が消え去り、体も心も元に戻ったクレイブ。床に倒れた彼を抱き起し、元に戻ったことを知ると、トアはクレイブを強く抱きしめる。
「よかったよ……本当に」
「トア……おまえなら必ず俺を助けてくれると信じていたぞ」
男同士の熱い友情。
それを確かめるように抱き合うふたり。
「ああ……盛り上がっているところ悪いのじゃが」
そこへ、申し訳なさそうにローザが声をかける。
「どうかしたんですか、ローザさん」
「いや……先ほどの戦闘で生じた音を聞きつけて、遅まきながら援軍が来たようなのじゃ」
「援軍? ――はっ!?」
クレイブと抱き合っているトアが見たもの――それはエステル、クラーラ、ジャネット、マフレナの四人。ただ、全員、今朝のエステルとクラーラがしていたように、瞳から光が消え失せていた。
結局、クレイブは元に戻ったのだが、彼との関係性についての誤解が一層深まってしまったのだった。
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