第209話 新たなヒノモト料理
この日の要塞村には来客があった。
「いやぁ、ここの御飯は本当においしいなぁ!」
やってきたのはヒノモト王国のクラガ・タキマルだった。
パーベルに商船を五隻率いてやってきたタキマルであったが、彼が今回ストリア大陸にやってきたのは貿易のためだけでなく、むしろこの要塞村の訪問がメインであった。
事前にパーベル町長ヘクターを通して、要塞村の村長であるトアに村を訪ねたいという旨の書簡を届けてあった。受け取ったトアはこれに対し、「いつでも大歓迎ですよ」という内容の返事をヒノモトから来た王家公認の商船船長に渡していたのだ。
といった流れがあったうえで、今回の訪問が実現したのである。
そんなタキマルのお目当ては、
「それに、こんなにたくさんのお土産までいただいて」
そう語るタキマルのかたわらにはいくつもの麻袋があり、その中には要塞村農場で収穫された冬野菜が詰め込まれていた。
なんでも、秋に来た際、要塞村の野菜を持ち帰ったところ、これがヒノモト城内で大反響となったらしい。城にいる舌の肥えた料理人たちも口を揃えて、「こんなにうまい野菜は食べたことがない!」と大絶賛だったと報告を受けた。
「いえいえ、タキマルさんのおかげで俺たちもヒノモト料理を再現できていますから」
「かたじけない!」
トアの私室で一緒に食事をとっていたふたりはその後も会話に花を咲かせる。すると、今回の料理を手掛けたフォルがノックをし、部屋へ入ってきた。
「いかがでしたか、タキマル様」
「おお、フォル殿! いや、さすがはこの要塞村の厨房を預かる料理人だ。どれも素晴らしい味だったよ」
「お褒めいただき光栄です」
ペコリと頭を下げるフォル。
それから顔をあげると、本題とばかりに早速切りだす。
「今回の訪問に際し、何やらヒノモト料理の新しいメニューをお持ちいただいたそうで」
「耳が早いな」
「料理にかけての情熱は誰にも負けないつもりです」
本当に戦闘用だったのか疑いたくなる発言だが、改めて考えてみたらそれも今さらかな、と思ったトアはサラッと受け流すことに。
「今回の料理だが……これまでとは少し毛色の異なるものだ」
「ほほう。それは実に興味深いですな」
ヒノモト料理に興味津々のフォルへ、タキマルは一枚の紙を渡した。
「ここに調理法が書かれている」
「どれどれ――えっ?」
珍しく、フォルが素で驚いたような声をあげた。こんなフォルの反応はあまり見かけないので、一体どんな調理法なのかとトアも関心を抱き、紙を覗き込んだ。
「! こ、これが……調理法?」
それは、これまでの料理比べると作業自体が少なく、随分とあっさりした仕上がりになっていた。
「スープ? ……ちょっと違いますね。ここに書かれた汁の中に何かを入れて煮込むとかでしょうか?」
「さすがだな。ご名答だよ。下ごしらえに使う物はこちらでは入手しづらいだろうが、パーベルにあるヒノモトの調味料などを扱っている店にいけば簡単に手に入るはずだ」
「最近増えていますよね、ヒノモト関連のお店って」
「それだけ、ヒノモトとセリウスの関係が良好ということだ」
あっはっはっ、と高笑いをするタキマル。
「あ、そうそう。具材については一応ヒノモトで一般的に用いられている物をリストにしてある。だが、こいつは本当にいくらでも応用の利く魔法のような料理でね。今の寒い時期にピッタリだし、是非とも試してみてくれ」
「分かりました。ありがとうございます、タキマル様」
どうやら新しいヒノモト料理は、フォルの料理人魂に火をつけたようだった。
◇◇◇
早速、フォルは買い出しのためパーベルへと向かった。
大体の材料を揃えると早速調理を開始するが、なかなか自分の納得する味にはならなかったようで、試行錯誤を繰り返す。
――こうした努力の末、とうとうタキマルから教わった、新たなヒノモト料理は要塞村風にアレンジされ、完成したのであった。
タキマル訪問から数日後の夜。
「今日もまた【バー・フォートレス】で酒を飲むとしよう」
「いい案ですなぁ!」
「今日は何を飲もうか――お?」
ジン、ゼルエス、エイデンの獣人族長トリオが要塞村の酒場を訪れようと廊下を歩いていると、小さな暖簾付きの屋台を発見する。
「なんだ、あれは」
「今まであんなのなかったはずだが……」
「しかし……あそこからいい匂いが……」
初めて見る屋台に警戒心を強めた三人であったが、そこから漂うなんとも言えないおいしそうな匂いに誘われて近づいてみると、
「「いらっしゃいませ!」」
屋台にいたのはトアとフォルだった。
「フォル? バーテンダーをやらなくていいのか?」
「そちらはケイス様が志願をなさったのでお任せしています」
「トア村長まで……ここで何をしているんですか?」
「新しいヒノモト料理をご披露しようと思い、このような屋台を作ったのです」
フォルから説明を受けた三人だったが、今ひとつピンと来ていないようで顔を見合わせる。
「まあまあ、ちょっと寄って行ってくださいよ」
「村長が言うなら……」
「最近はバーの方も来客が増えて座席数が追いつかないという話がありましたよね」
「うむ。それは私も聞いている」
トアの語ったバーの現状について、ゼルエスは心当たりがあった。
要塞村に住む大人たちが酒や軽食を楽しむ【バー・フォートレス】は非常に人気のスポットとなったため、いつも満員御礼だった。元々は少人数で楽しむ予定だったため、バーはそれほど大きくは作られておらず、中には人が入り切らない日も出るほどだった。
ドワーフたちに拡張工事を依頼しようと思っているが、現在彼らは獣人族の村との橋の建設のため人材を必要とする大掛かりな作業は休止中。橋が完成するまでは交代で酒を飲もうという話になっていた。
「なるほど。外にまた新しく臨時の酒場を作ったと――しかし……このデカい鍋に入っている物は?」
冥鳥族エイデンの気を引いたのは、屋台の真ん中を陣取る大きな鍋。ぐつぐつとさまざまな食べ物が煮込まれているようだが、初めて見る調理法に戸惑っているようだった。
そこで、フォルが説明を始める。
「これはヒノモトに伝わる料理で、おでんと呼ばれるものです」
「「「おでん?」」」
「試しに食べてみてはいかがですか? そちらにメニューがありますよ」
フォルが指さす先――屋台の壁にかけられたメニュー一覧に目を通した三人は、とりあえず気になった食材を口にする。
「じゃあ俺は……大根をもらおうか」
「なら私はジャガイモを」
「俺は牛すじで」
「かしこまりました」
注文を受けたフォルは鍋から取り出した品々を皿に乗せる。その横で、トアは三人にコップを渡した。
「む? これは……水ではないようですな」
「それはヒノモト産のお酒です」
「ほほう、ヒノモトの酒とは透明なのですな」
「どれどれ――うおっ!? こりゃうまい!」
思わず唸ったジン。それを見て、ゼルエスとエイデンもヒノモトの酒を飲み始める。
「た、確かに……透明だから薄味なのかと思いきや、なんとも言えない深い味わいだ」
「それでいてしつこくはない。スッキリとしている」
「う~む……ヒノモト人、侮りがたし!」
ヒノモトの酒を堪能している三人の前に、今度はそれぞれが注文したおでんの具が乗る皿が置かれた。
「さあ、どうぞ。熱いので気をつけてください」
湯気の立つおでんを、三人は同時に口へと含み、
「うっっっまっっっ!!!!」
これまた三人同時に叫んだ。
「この大根の味……そうか! この鍋のスープがしみ込んでいるのか!」
「だし汁と呼ばれるもので、これもヒノモト産の食材を使い、仕上げたものです。最近はパーベルと交流を深めているので、とても手に入りやすくなっています」
「この牛すじもいい味だ」
「ジャガイモもホクホクでうまい! 普通に蒸したり焼いたりして食べるものとはまた違ったうまさだ!」
「ありがとうございます」
要塞村おでんに舌鼓を打つ三人。
その様子を聞きつけて、どんどん人が集まってくる。トアは屋台周りに小さなイスやテーブルを並べ、酒とおでんを振る舞った。
こうして、夜の要塞村に新たなスポットが誕生したのだった。
【 あとがき 】
いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。
現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。
これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
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