第210話 (恋愛スキル)ゼロの副団長【前編】
その日、エノドア自警団に衝撃が走った。
「ぬわああああああああああにいいいいいいいいいいい!(訳・何ぃ!?)」
窓ガラスが割れんばかりの大絶叫が室内に轟いた。
駐屯所にいた者たちはあまりのボリュームに何事かと大慌て。しかし、声の主であるヘルミーナはまったく気にする素振りを見せず、何やら紙を握りしめて震えていた。
「へ、ヘルミーナさん? なんかあったんすか?」
恐る恐る尋ねたのはエドガーだった。
その呼びかけに対し、ヘルミーナはしばらく動かなかったが、そのうち何も告げないままそっと手紙をエドガーへと渡す。
「えぇっと、送り主は……ああ、イザベラさんか」
イザベラとは、フェルネンド王国聖騎隊の兵士用食堂で働いていた女性で、ヘルミーナとは同い年の友人だった。養成所にいる見習いたちの料理も担当していたため、エドガーたちとも面識があった。彼女もまた現在はフェルネンドを出ており、セリウスから遠く離れた地で食堂を経営しているらしい。
どうやら、その手紙はイザベラの近況について書かれたものらしい。
「え? イザベラさんからの手紙なの?」
「気になるな」
同じくイザベラと顔見知りであるネリスとクレイブも興味を示し、手紙を覗き込む。そこには驚くべきことが書かれていた。
「うえっ!? マジかよ!?」
「あ、あのイザベラさんが……」
「人は変わるものだな」
「「「まさか結婚するなんて」」」
三人の声が綺麗に重なった。
イザベラという女性をよく知る三人からすると、彼女が結婚することはとても信じられないものであった。性格に難があったりとか、そういうわけではなく、単に男女の付き合いに興味関心がないという感じがしていたのだ。洒落っ気もなく、いつも料理のことばかりを考えていて、それ以外はどうでもいいというスタンスだったのだ。
なので、三人はイザベラの結婚には驚きを隠せなかった。
「見ろよ! 今年の夏には赤ちゃんも生まれるらしいぞ!」
「へぇ……あ、旦那さんについても書かれているわね」
「同じ町に住む酒屋の店主か。食堂と酒屋……一緒に経営すれば、客も増えていいこと尽くめだな」
三人はイザベラからの手紙に昔を思い出しながら楽しげに会話を進める――と、
「あ」
ネリスが何かに気づき、エドガーの脇腹へ控えめな肘うちを食らわす。
「なんだよ」
「あんまりこの話題で盛り上がらない方がいいかも……」
「なぜだ?」
クレイブも加わり、ネリスの言葉の真意を確認しようとする。ネリスは直接は口にせず、目配せをもってこれに応えた。
「…………」
エドガーとクレイブはイスに座り、真っ白な灰になっているヘルミーナを発見する。
そこで、ふたりは思い出す。
「男なんてどうでもいい!」と仕事終わりに威勢よく酒を飲んでいたヘルミーナとイザベラの姿を。
「……昔は男なんて興味ないって言い合っていたのに、片方は結婚して片方は独身……こいつはツライ現実だな」
「出会いでいうなら、ヘルミーナさんも少なくはないはずだ。現に、このエノドア自警団には独身の男も多い。選り取り見取りと言えるだろう」
「クレイブ……あなたはもうちょっと言葉を選びなさいよね。――でもまあ、それも一理あると言わざるを得ないわね」
若い男が圧倒的に多い職場。
それでいながら、ヘルミーナにはここまで浮ついた話は一切ない。
というのも、
「問題はやっぱ……ヘルミーナさんの好みだろうなぁ」
「う~ん……同じタイプの筋肉系が好きだったら、ここは楽園でしょうに」
「レナード町長のような優男が好きとなると、この自警団では難しいな」
エノドア自警団の中にはヘルミーナのファンもいる。
しかし、ヘルミーナ自身は大人しくて爽やかな好青年がタイプ――エノドア自警団の団員とは真逆に位置する存在だった。
「なんとかこの中から選んでくれたらなぁ」
「それができれば簡単なんでしょうけどね」
「うーむ……」
三人が揃って腕を組んで唸っていると、
「た、大変だぁ!」
町民の男性が大慌てで駐屯所に駆け込んできた。
「あれ? 鍛冶屋のニックさん? 一体何があったんだ? 逃げた嫁さんが戻ってきたとか?」
「ち、違う!」
エドガーが冗談っぽく言うと、声を震わせながらニックは否定する。ここで、非常事態が起きたことを察した自警団メンバーは真剣な顔つきになり、エドガーは詳細な情報を聞き出そうとニックへと向き直る。
「一体何があったんだ?」
「森にモンスターが現れた! それも一体じゃねぇ! 五体だ!」
「! 五体だと!?」
ここ最近は滅多に見られなかった複数体のモンスターによる襲撃。
さらに、衝撃の事実をニックが告げる。
「どうやらよそ者がうっかり屍の森へ迷い込んじまったらしてく、そいつを追いかけ回しているようなんだ」
「!? 標的にされた人がいるのか!?」
動揺を見せたクレイブ。
だが、その背後から勇ましい声が響き渡ると、すぐに冷静さを取り戻した。
「クレイブ! ネリス! 私とともに森へ向かうぞ! エドガーはここに残ってジェンソン団長を待て!」
「「「はい!」」」
聖騎隊にいた頃のように、息の合った連携ですぐさま行動を開始。
副団長ヘルミーナを先頭に、近距離戦闘を得意とするクレイブと遠距離戦闘とするネリスを引き連れ、屍の森を目指して走りだした。
◇◇◇
件のモンスターはすぐに発見できた。
「イノシシ型のモンスターですね」
「パワーだけと侮るなよ、クレイブ。ヤツらにはスピードもある」
「分かっています」
「ならばいい。ネリス。おまえはここから私たちを援護しろ」
剣を手にしたヘルミーナとクレイブが大型のイノシシ型モンスターへと飛びかかる。《弓術士》のジョブを持つネリスが、遠方から矢を放ち、モンスターを怯ませると、それに乗じてヘルミーナとクレイブの斬撃が炸裂。
モンスターを瞬殺した――と思いきや、
「助けてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
助けを求める声。
どうやらモンスターに狙われているよそ者のようだ。
「いくぞ、クレイブ!」
「了解!」
「遅れるなよ、ネリス!」
「はい!」
クレイブとネリスを引き連れてさらに森の奥へと進む。
すると、木々がなぎ倒されている場所へと出た。どうやら敵はすぐ近くにいるようだ。
「む?」
殺気を感じたヘルミーナが、茂みをかき分けてどんどん前進。やがて開けた空間に出たと思ったら、そこには残りの四体のイノシシ型モンスターが。
そのモンスターたちの視線の先に、
「あわわわ……」
グリーンの帽子を目深にかぶる若者が。どうやら腰が抜けているようで、まともに立つことさえできない。
「待っていろ!」
臆することなくモンスターたちに斬りかかるヘルミーナ。
力強い剣捌きであっという間に二体を葬り、残りの二体もクレイブ、ネリスと連携してあっという間に仕留めた。
「す、凄い……」
腰を抜かした若者は放心状態で剣を鞘にしまうヘルミーナを見つめていた。
「怪我はないか」
立ち上がるのを助けようと手を伸ばしたヘルミーナ。
その手を取った若者は帽子を脱ぐと、森中に響き渡るような大声でこう告げた。
「あなたのことが好きになりました! 結婚してください!」
――しばしの沈黙の後、ヘルミーナは泡を吹き、白目をむいて倒れた。
【 あとがき 】
いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。
現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。
これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
キャライラストや予約情報などはこちらから!
https://twitter.com/EsdylKpLrDPcX6v/status/1219019552924692480
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