第157話 勇者と魔女の出会い
ファグナス家が主催する屍の森サバイバルでの優勝賞品――聖鉱石を加工して生み出されたトア専用の聖剣エンディバル。
今日はそのお披露目が行われた。
「はあああああああっ!!!」
その威力はすさまじく、ドワーフたちが用意した巨岩を一撃で真っ二つにした。村長トアの雄姿を前に村民たちは大喝采。こうしてまたひとつ、要塞村はレベルアップを果たしたのだった。
――と、村全体が盛り上がっている中、ひとり浮かない顔をしている人物がひとり。
「……ふむぅ」
ため息を吐き、トレードマークの黒いとんがり帽子を軽くいじって、枯れ泉の魔女ことローザは賑わいに背を向けて自室へと戻った。
「あの剣……あいつの持っておった剣と似ておるな」
そうこぼすと、ボスっとベッドへダイブし、目を閉じる。
思い返すのは――今から百年とちょっと前の世界。
某国にある王立魔剣学園。
王国専属の魔法使いになる者と騎士団へ入る者、さらには若き貴族たちが通う学園――学生時代のローザが通っていた学園でもある。
当時のローザは両親を相次いで病で亡くしたショックから、他者との関わりを避ける傾向にあった。学園の休み時間はもっぱら図書館に入り浸り、さまざまな魔法関連の書籍を読み漁った。そのおかげもあって学業や演習での成績は優秀だった。親なしのローザが学園に通うことができたのも、ひとえに成績が優秀だったからである。その代わりといってはなんだが、友人と呼べる仲の同級生はいなかった。
その日の昼休みも、いつも通り図書館でひとり読書に勤しもうとしていた。読みかけの本がある棚へ向かうと、そこには先客がいた。
「うぅ~ん……」
難しい顔で顎に手を添えて本棚を見つめる茶髪の少年。
少年が立っている位置の反対側にある棚にお目当ての本があったため、さっさとどいてもらおうとローザは声をかける。
「何か探しているの?」
「え?」
振り返った少年の顔に、ローザは見覚えがあった。
「あなた……ヴィクトールくん?」
「え? なんで俺の名前知ってんの?」
「……一応、あなたと同じクラスだから」
「? そうだっけ?」
ローザは「そうよ」とだけ答える。
ヴィクトールはただのクラスメイトというわけではない。彼はもともとこの国では名の通った貴族の次男――だが、誰に似たのかグータラな性格でいつも授業は寝ている。成績も下位で誰からも注目されていない存在だった。
「話を戻すけど、なんの本を探しているの?」
「えっと……野生動物の生態について書かれた本がないかなって」
「そんな本、何に使うの?」
「学園の裏に森があるだろ? あそこにとんでもなくでっかいイノシシがいるらしいんだ。そいつを狩ろうと思って」
「…………」
思っていた以上にどうでもいい理由にローザの顔が強張る。とりあえず、もう関わりたくはないのでさっさと本を紹介して立ち去ってもらうことにした。
「それなら西側の本棚を探すといいわ」
「お、そうか。ありがとな。……えっと」
「ローザよ。ローザ・バンテンシュタイン」
「そうだ! 思い出した! ローザだな!」
本当に分かっているのかどうか怪しいが、とにかくヴィクトールは満足した様子でその場を立ち去っていった。
やれやれと一息をついてから、お目当ての本を探しだして読み始める。
しばらくすると、背後に気配を感じた。
「おまえ……随分と難しそうな本を読んでんだな」
「!?」
いつの間にか真後ろに立っていたヴィクトールに驚き、ローザは勢いよく振り返る。
「な、何か用?」
「探していた本が見つかったからお礼を言おうと思って」
「あ、ああ、そう……」
「……なあ」
「何? まだ何かあるの?」
「ローザはいつもこの図書館にいるのか?」
自然な流れでローザの隣の席に腰を下ろすヴィクトール。
「そうね……大体ここにいるわ」
「ふーん……明日もか?」
「断言はできないけど――って、それがどうかしたの?」
「いや、イノシシをゲットできたら報告をしようと思って」
「別にいいわよ!」
図書館であることを忘れて思わず叫んだローザに周囲の視線が突き刺さる。恥ずかしさに顔を真っ赤に染めたローザはキッとヴィクトールを睨んだ。
「わ、悪かったよ」
「ふん!」
謝ったヴィクトールに対して突き放したような態度を取ったローザは、そのままカバンを持って学園女子寮へと戻っていった。
ローザにとって、ヴィクトールの第一印象は最悪そのものだった。
その後も、図書館でローザが読書をしていると、何かにつけてヴィクトールが会いに来るようになった。最初のうちは素っ気ない態度を取っていたローザだが、交流を続けているうちに当初感じていた煩わしさは消え、いつしか図書館でヴィクトールがやってくるのを心待ちにするようになった。
そんなふたりに大きな転機が訪れる。
それは適性職検査の時だった。
ヴィクトールの適性職を確認した神官は高らかにこう告げた。
「ついに現れたぞ! 《勇者》だ! この少年の適性職は《勇者》だ!」
会場は騒然となる。
勇者といえば、世界を平和に導く存在。未来の輝かしい活躍が約束されたのも同然だ。
その日を境に、ヴィクトールを取り巻く環境は一変した。
まず、年の近い娘を持つ貴族たちが、「是非ともうちの娘と婚約を!」と迫ってきた。その中には他国の王族の娘――つまり姫も含まれていた。
学園の教師や同級生たちも態度がガラリと変わる。マイペースで変わり者と見られてきたヴィクトールをこれでもかとヨイショする。いつか、本当の英雄になった時、そのおこぼれをもらおうという浅ましい事情が透けて見えていた。
一夜にして住む世界が変わってしまったヴィクトールに対し、ローザは特にこれといって声をかけたり行動を起こしたりということはしなかった。
そもそも、仮にヴィクトールが勇者じゃなかったにしても、彼は貴族。先祖代々平民の血筋であるローザには手の届かない存在だ。
これでいいんだ。
これが本来の距離感なんだ。
自分に言い聞かせるように心の中で何度もつぶやき、本のページをめくる。
誰もいない夕暮れの図書館で、今日もローザは閉館時間ギリギリまで本を読む――と、
「よかった。まだいてくれて」
帰ろうとしたローザの前に、息を切らせ、額に汗をためたヴィクトールがいた。
「ヴィクトール……」
「ごめんな。最近ずっといろいろあってなかなかここへ来られなかった」
ヴィクトールはずっとローザに会おうとしていた。だが、息子が勇者であると知り、手のひらを返した両親によってこれまでいろんな場所に連れ回されていたのだ。それを抜け出して会いに来たのである。
「なあ、ローザ」
「な、何?」
「これからもここへ来ていいかな?」
「……好きにすれば?」
飛び跳ねたくなるほど嬉しい提案も、照れ隠しが先行して冷めた反応をしてしまう。だが、それでもヴィクトールは笑っていた。
「ローザだけだよ……俺が勇者になっても態度が変わらないのは」
「……当り前じゃない。勇者になろうが剣士になろうが神になろうが――あなたはヴィクトールでしょう?」
赤くなった顔を見られないよう、ローザは振り向かずにそう答えた。
それからも両者の交流は続いた。
以前のように毎日とはいかないが、三日に一回は図書館を訪れるようになっていた。
このような関係が二年続き――ふたりの卒業が間近に迫った頃、図書館にやってきたヴィクトールは衝撃の告白をする。
「ローザ……俺、ついさっき学園辞めてきた」
「はあっ!?」
なんの前触れもなく告げられて混乱の真っただ中に放り込まれたローザ。しかし、当のヴィクトールはお構いなしに話を続ける。
「やっぱさ、勇者としての力を存分に発揮させるには家柄に囚われるわけにはいかないと思うんだよ。だからさ、家を出て、自分の力で真の勇者になろうと思う」
「な、何を言っているのよ」
「旅に出るんだ。世界を救うための!」
ヴィクトールは自信満々に胸を張ったかと思うと、次の瞬間、真面目な表情でローザへと語りかける。
「ザンジール帝国って知っているか?」
「! え、ええ……急速に力をつけている軍事国家よね」
「そうだ。ヤツらは周辺国家を次々と支配し、恐怖政治で人々を苦しめている。おまけに、足りない兵力を補うため、自律型甲冑兵なんて物騒な物まで開発しているらしい」
「自律型甲冑兵……人の入ってない甲冑が意思を持って敵と戦うという……考えただけで震えが止まらないわね。なんて恐ろしい兵器なのかしら」
「今はまだこの国でも抑えられるが、このまま侵攻が進んで巨大化していくと歯止めが利かなくなる。そうなる前に、帝国を打ち倒さなければならない……そのために、俺は帝国に支配された土地を解放するとための戦いを仕掛ける!」
「…………」
話を聞き、ヴィクトールの意志が固いことを知ると、ローザは「ちょっと待っていなさい」とヴィクトールを足止めてから図書館を出る。
それから約一時間後。
ローザが戻ってきた。
「おまたせ」
「遅かったな。何やっていたんだ?」
「私も学園を辞めてきたのよ」
「えっ!?」
今度はローザの行動にヴィクトールが驚いた。
「あなたひとりじゃ心配だから一緒に行ってあげるわ」
「で、でも」
「何か不満でもあるの?」
「……逆だよ。嬉しい。本当はおまえを誘って一緒に行きたかった。だけど、ローザを危険な目に遭わせることになるから、俺は――」
「ふふ、あなたにしては珍しい反応ね」
普段滅多に見られない、慌てふためくヴィクトールの姿に、ローザから思わず笑みがこぼれた。
その後、ふたりは周囲の反対を押し切って半ば強引に学園を去る。
すべてはのちに世界の脅威となるだろう帝国打倒のため。
――だが、これといって具体的な策を練っていなかったふたりは、互いに荷物を詰め込んだリュックを背負って学園から少し離れた位置にある平原のど真ん中で途方に暮れていた。
「まさかなんのプランもなく学園を辞めていたなんて……」
「どうにかなるだろ。それより、こいつを見てくれよ」
あっけらかんとしているヴィクトールは、小さな紙きれをローザに見せる。そこには十人ほどの名前が並んでいたが、その名に目を通したローザの表情から血の気が引く。
「あ、あなた……ここに書かれている人たちがどんな人たちだか知っているの?」
「恐ろしく強いと聞いている」
「念のため聞くけど――仲間にしようって考えているんじゃないわよね?」
「え? そうだけど? できたら六人くらい引き入れたいな。その六人に俺とおまえを足して八人。うん。ちょうどいい数だ!」
さも当然のように答えるヴィクトールに対し、ローザの頭痛はいよいよ限界突破を迎えようとしていた。
「そう暗い顔をするなよ、ローザ。俺たちなら何があっても乗り越えられるさ」
満面の笑顔で手を差し伸べるヴィクトール。
「……覚悟を決めて、あなたに私のすべてを捧げるわ」
ヴィクトールの手を取ったローザもまた、満面の笑みで答えるのだった。
◇◇◇
「――うあ?」
目を覚ましたローザは自分が寝落ちしていたのに気づく。
「……夢、か」
懐かしいな、と思いつつ、朝食をとろうと部屋を出た。
すると、ちょうど目の前に野菜がたっぷり詰め込まれたカゴを持つフォルが。
「あ、おはようございます、ローザ様」
「…………」
「ローザ様?」
「恐ろしい兵器……ねぇ」
「?」
夢の内容を思い出し、ローザは呆れたような笑みをこぼすのだった。
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