第236話 お宝鑑定大会

「なんだよ、また別の女の子との間に子どもをこさえたのか……?」


 エノドアから魔鉱石の定期便を届けに来た自警団のエドガーが、ゆりかごにいるハンナの顔を覗き込みながらそんなことを言う。


「え、エドガーくん……その言い方だとちょっと……」


 クラーラとトアの間にできた子どもがハンナみたいな口ぶりだと、小声で抗議しようとしたエステル。その横では母親役のクラーラが顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 が、エドガーはいつもの調子で続ける。


「とはいっても、あいつには前科があるからなぁ……」

「ぜ、前科って……例えば?」

「例えば、エステルとはアネス。マフレナとはシロ。ジャネットとはフォルと、大体の女子と子どもができているだろ?」

「ちょっと待ってください!? エノドアのみなさんにもそう思われているんですか!?」


 ジャネットからの質問に、エドガーはキョトンとしながら「そりゃそうだろ」と答えた。それを受けて、ジャネットは膝から崩れ落ちる。


「んで、肝心のトアの姿が見えないんだが?」

「ああ……トアさんでしたら、今は市場の進捗状況についてゴランさんから報告を受けているはずです」

「市場か……この村はますます賑やかになるな」


 これまで、外部との接触はほとんどなかった要塞村。

 それが、市場を設けることで、エノドアやパーベルからの来訪者も増えるだろうし、以外からも商人たちがこの村へと集まってくると想定される。

 

「まあ、この要塞村で悪さしようなんて輩はいないだろうが……いくつか店が入るっていうのなら、まとめ役の商会を作った方がいいかもな」


 大陸にその名を轟かす大商人の息子らしいアドバイスだった。


「商会ね……トアに相談してみるわ」

「そうしてくれ、エステル。なんなら、うちから有能な人材を派遣してもいいしな。姉貴も率先して協力するはずだ」


 エドガーが実の姉のように慕うナタリーは、トアやエステルが小さい頃からよく知った人物であり、今やホールトン商会の幹部。本格的に市場を開く前に相談をしておいた方がよさそうだ。


「そういうわけだから、気兼ねなくホールトン商会に――おっと」


 突如吹いた強めの風が、エドガーの手にしていた紙を飛ばす。それはハンナのいるゆりかごの中へと落ちた。


「遠くへ飛ばされなくてよかったぜ。お手柄だぞ、お嬢ちゃん」


 そう言って、ハンナの頭を撫でるエドガー。

 しかし、ハンナからはなんの反応も返ってこなかった。

 それもそのはずで、ハンナはジッと紙を見つめて動かない――余程興味をそそられる物でも描かれているのか、とエドガーだけでなくクラーラ、エステル、ジャネットとその場にいた全員が覗き込む。


「なんだ。未知の種族っていってもやっぱ赤ちゃんだな。それが欲しいのか?」

「これって……熊のぬいぐるみ?」

「あっ! これ知ってます! 有名なお店の商品なんですよね!」


 ジャネットが興奮しながらそう叫ぶ。

 

「お? さすがはドワーフ族だ。お目が高い。その通り、こいつはかなりのレア物だよ」

「そのレア物のぬいぐるみがどうかしたの?」


 クラーラが尋ねると、エドガーは胸を張って語り始める。


「今度、エノドアでちょっとしたイベントがあってな」

「イベント?」

「ヒノモト王国出身の有名な《鑑定士》が来るんだ」

「《鑑定士》……」


 それはジョブの一種。

 物の価値や強さなどを見るだけで判定できる能力を持った者たちを指す。だが、エノドアに来るという人物のジョブは、ただの《鑑定士》ではないらしい。


「相手は鑑定系ジョブの中でも最高峰といわれる《鑑定神眼》という能力を持っているって話だ。んでよ、その人が主催するお宝鑑定大会をエノドアで開催するっていうんだ」

「「「お宝鑑定大会?」」」


 聞き慣れないイベントに、三人は顔を見合わせて首を傾げる。


「俺も詳しくは知らないんだが、聖騎隊時代にクレイブやネリスが参加したらしい。個人が持っているご自慢のお宝を、その《鑑定神眼》を持つ大先生が能力を使って価値を調べて値段をつけるんだ。そこで最高額がついた人に、そのぬいぐるみを優勝賞品として差し上げる――というのが、この大会の趣旨とのことだ」

「優勝賞品……」

 

 エドガーからの説明を聞いたクラーラは、ぬいぐるみのイラストを食い入るように見つめるハンナへと視線を移し、ある決意を固めた。


「――する?」

「え? 何か言いましたか、クラーラさん」

「私がその大会で優勝して、ハンナのためにぬいぐるみをゲットするわ!」


 瞳に炎を宿したクラーラは高らかに参戦を表明し、エステルとジャネットは協力を申し出た。さらに、この場にはいないが、マフレナを加え、要塞村乙女同盟が新しい村民ハンナのために立ち上がった。


「やれやれ……トアもいい嫁さんたちも持ったものだ」

「いや、まだ結婚してないから嫁ではないぞ」

「どわあっ! いきなり現れるんじゃねぇよ、クレイブ!」


 いつの間にか、クレイブがエドガーの背後に忍び寄っていた。


「つーか、おまえ今までどこに行ってたんだよ! ……いや、言わなくていい。どうせトアのところだろ?」

「いや、フォルと会っていた」

「フォル? 珍しいな。おまえがトアよりも先に別のヤツのところに行くなんて」

「ああ、ちょっとな」

「ふーん……まあ、いいか。なら、次はお待ちかねの本命――トアに会うとするか」

「うむ! そうしよう!」

「……露骨にテンションが上がったな」

 

 瞳を輝かせながら先を行くクレイブの背中を見ながら、ため息交じりにエドガーはそう呟いた。

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