第447話 霧の館の魔法使い① 事件の発端
「緊急事態だ」
その日、エノドア自警団には緊張した空気が漂っていた。
というのも、ここ二週間のうちに三人の子どもが行方不明となっていたのだ。
三人目に至っては、レナード町長経由で報告を受けたセリウス王国騎士団との合同捜査中に起きたということもあって、これ以上の被害は自警団の沽券にかかわると気合を入れていたのだ。
しかし、そんな気合も空回りし、未だ犯人の特定はおろか子どもたちの安否さえ分からない状況が続いていた。
「エノドア始まって以来の大事件だぞ、これは……」
フェルネンド王国聖騎隊の隊長クラスまで上り詰めたヘルミーナでさえ、このような事態は初めてのことだった。
おまけに、セリウス騎士団が協力をしても成果を得られなかったとなったら、次に自警団が協力を要請するのは――
「……クレイブ、ネリス」
「「はい」」
「おまえたちふたりは――」
「ただちに要塞村へ行きます」
「村長のトアに協力の要請をすればいいんですよね?」
「その通りだ」
自警団長であるジェンソンからの指示を受けたクレイブとネリスのふたりは、すぐさま要塞村へ向けて出発した。
エノドアで起きた謎の失踪事件。
その解決は要塞村の面々に託されることとなったのだった。
◇◇◇
エノドアの現状を未だに知らされていない要塞村――だが、市場へ買い物に来る客からの情報で、行方不明事件が起きているという噂は広まっていた。
だが、セリウス騎士団も捜査に協力しているということで、解決は間近だろうと考える者が多く、要塞村ではいつも通りの時間が流れていた。
「こちらでどうでしょうか、ローザ様、それにエステルさん」
「ふむぅ……読ましてもらおう」
「ドキドキしますね……」
「それはワシも同じじゃよ、エステル」
「でも、ローザさんはこれまでに何度か本を出版されているじゃないですか」
「うむ。……ただ、何を書いたかはすっかり忘れていて、鑑定大会の時は思わぬ赤っ恥をかいたがな」
「ありましたねぇ、そんなこと……」
要塞村市場にある喫茶店。
そこで、メルビンの小説を担当している編集者・オリビエは、とある原稿を枯れ泉の魔女ローザに渡していた。
それは魔法を扱う雑誌で、世界三大魔女を特集したものだった。
中でもローザについては弟子のエステルまで特集が組まれていた。
かつては聖騎隊を抜け出したことでフェルネンド王国から追われる身であったエステルであったが、今ではそのフェルネンド王国自体が半ば死んだようなもの。おまけに、次期国王の最有力候補であり、エステルに執着していたディオニス・コルナルドは失脚し、現在は行方不明となっているため、もう隠れる必要がなくなったからこそできる内容だった。
そんなローザたちの様子を、少し離れた位置で見ているのはトアとフォル、そしてシャウナの三人だった。
「こうしていると、やっぱりローザさんって凄い魔法使いだったんですね」
「まあ、私と同じ八極だしね」
「それにしても世界三大魔法使いですか……ローザさん以外のふたりとは誰なのでしょうね」
「ひとりは君もよく知っているはずだよ、フォル」
「えっ? ――あっ」
「……レラ・ハミルトンですね?」
「正解だ」
レラ・ハミルトン。
世界を震撼させたザンジール帝国最強の魔法使いにして、フォル――自律型甲冑兵を作り上げた天才の名だ。
要塞村の地下遺跡に霊魂を残し、量産型フォルで神樹ヴェキラを奪おうとしたが、結局は失敗に終わった。しかし、その名は今の世界でも知る人ぞ知る存在となっている。
「でも、三大魔法使いということはあとひとりいるわけですよね?」
「ああ……性格はアレだが、彼女もなかなか優秀な魔法使いだったな」
「知っている方なのですか?」
「もちろん。――何せ、自ら八極入りを名乗り出た変わり者だったからね」
「「八極入りを名乗り出た?」」
シャウナの興味深い発言に、トアとフォルが食いつく。
だが、その時、クラーラが店にやってきて、トアにクレイブとネリスがやってきたことを告げた。
「もしかして……」
「例の失踪事件についてか? ……どうやら、騎士団と協力をしても成果を得られず、私たちに協力を求めに来たと見えるね」
「行きましょう、マスター」
「ああ!」
トアとフォルはクレイブたちと合流するため、喫茶店をあとにする。
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