第94話 伝説の勇者
※次回は今週の金曜日に更新予定です。
「あんな深刻そうな顔をしておいて何事かと思ったら……まさか第一階層の雨漏り修繕の依頼だったなんて……」
要塞村にある地下迷宮第一階層。
冒険者たちにとって、地下迷宮へ挑むための準備の場であるここは、先日の嵐によって雨漏りが発生していた。
その修繕を黒蛇のシャウナから依頼されたトアは、フォルと共に作業へと当たる。
「村長さんも大変ですわね」
「まあ、でも、これが俺の仕事でもあるからね」
「何事にも真摯に取り組めるのがマスターのいいところだと思いますよ」
「ありがとう、フォル」
途中でアイリーンも合流し、作業は順調に進んでいった。
「よし、ちょっと休憩しようか」
トアがそう持ち掛け、作業は一旦停止。すると、そのタイミングを見計らっていたのか、シャウナが差し入れを持って現れた。
「ご苦労様だね、トア村長」
「いえいえ、これが村長の仕事でもありますから」
タオルで額に光る汗を拭いながら、トアは笑顔を見せ、差し入れの大地の精霊お手製の野菜ジュースに手を伸ばした。
その時、ふと目に留まったのが第一階層に置かれたテーブルの上にある数枚の紙であった。
「なんですか、これ」
その紙には不思議な模様がいくつも描かれていた。こういう物を紙に書き記しそうなのはこの地下迷宮常連の中ではシャウナくらいなものだろう。
「そいつは地下迷宮内で見つけた模様だよ。私はこれらが第三階層へ向かうためのヒントになると考えている」
「第三階層……」
トアがチェイス・ファグナスから受け取ったこの無血要塞ディーフォルの全体図。それによると、この要塞村の地下には広大な空間が広がっており、階層で分けると少なくとも第五階層くらいまであるようだ。
ただ、普段この村の冒険者たちが出入りしているのは第二階層まで。というのも、この第二階層というのがだだっ広く、近くに潜れるようになって一年近くあるが、恐らくその半分にも達してない進み具合であった。
なので、そもそも第三階層につながる入口すら見つけられていないというのが現状だ。
そんな中で、自称考古学者でもシャウナは、この地下迷宮に秘められた謎を解明するために発見された謎の暗号の解読に勤しんでいた。
以前、トアを暴走させた薬品を見つけた際に元帝国関係者であるフォルがその暗号を解読してみせたが、今シャウナが解読に全力を奉げているものはそのフォルでさえ知らないものであった。
「こいつの謎が解ければ……第二階層のどこかにある第三階層への扉が開かれるはずなんだけどね」
「シャウナさんが苦戦するほど難しい暗号なんですか?」
「規則性さえ分かればある程度までは解読できる。ただ、いかんせんまだ見つかっている数自体が少ないんだ」
「今後の調査待ちというわけですか」
「そうだね。これからもっと奥まで潜り、ひとつでも多くの文字を回収することが重要になってくるだろうな。……そういえば、ジャネットの改装によってフォルに新しくサーチ機能が搭載されたらしいね。今後の地下迷宮冒険には欠かせない存在となりそうだ」
「お任せください」
「わたくしもお手伝いしますわ!」
「ははは、アイリーンにも期待しているよ。主に私の癒し係としてね」
地下迷宮の今後について話し合っていると、地上とこの地下迷宮を結ぶ階段辺りがなんだか騒がしくなってきた。
「何かあったんですか?」
トアはフォルとシャウナとアイリーンの計三人と一緒に騒がしい現場へ。そこでは数人の冒険者がひどく狼狽していた。
「あっ! 村長!」
冒険者のひとりである銀狼族の青年が、トアを見つけた途端、大慌てで駆け寄ってきた。
「た、たた、大変です、村長!」
「ま、まずは落ち着いて、それからゆっくりでいいんで何が起きたのか話してください」
「それが……枯れ泉の魔女様が!」
「! ローザさんがどうかしたんですか!?」
村民であり、八極のひとりである枯れ泉の魔女ことローザに何かが起こったらしい。
トアは銀狼族の青年からさらに詳しい話を聞くことにした。
◇◇◇
港町パーベル波止場。
「はあ、はあ、はあ……」
クラーラは肩で息をし、大粒の汗を流しながら剣を構えていた。
その鋭く細められた視線の先に立つのは囚人服を着た男。汗だくのクラーラとは対照的に涼しげな表情で、とても戦闘中とは思えない様子だった。少し離れた位置では、杖を抱えてハラハラしているエステルの姿もあった。
相手は囚人服を着ている罪人である。それは男が会話の中でも認めた。
最初は町の腕っぷし自慢と喧嘩して圧勝し、調子に乗っていた男。クラーラはそんな男を捕まえ、セリウス兵に引き渡すつもりだった。
だが、今はその男を前に汗が止まらない。
周りのギャラリーも、最初はエルフ剣士と囚人男の勝負ということで大いにはやし立てていたが、その実力差――特に、囚人服の男の力に恐怖を覚え、その場を離れていくものが相次いだ。
「いい腕だ。剣は誰に教わった?」
「……近所のお姉さん」
「お姉さん? ……しばらく絡んでいない合間に随分と物騒になっているんだな、エルフの一族っていうのは」
会話が途切れると、男は再び拳を構える。
剣を持つクラーラに対し、男の武器はその拳のみ。だが、今のクラーラの目には、男の拳が万の兵士に匹敵するほどの脅威に映っていた。
当初は武器を持たぬ男との対戦を渋った様子でもあったクラーラだが、相手の「やらないのかい、お嬢ちゃん」という挑発の言葉に乗って剣を構えた途端、男の放つ異様なオーラに呑まれてしまった。
「それで、クラーラちゃんだったか? ……まだやるかい?」
「望むところ!」
クラーラの気持ちはまだ死んでいない。
力強く地を蹴って、男との距離を一瞬で縮める。一緒に稽古をしているトアや、最近ではエノドア自警団のクレイブやエドガーとも剣を交えているが、その誰も見切れなかったクラーラの武器であるスピード。だが、男はいともあっさりと見切ってしまう。
「なっ!?」
クラーラの放った一閃は空振り。
紙一重でもなく、余裕をもってかわされてしまった。その動作には一切の淀みがなく、まるで数秒先の未来を見通しているかのような正確さがあった。
「まだ加速するか。こいつはいよいよ面白くなってきたな」
男は楽しむように言うが、クラーラとしてはそのような余裕はない。
そして、状況を見兼ねたエステルが加勢を申し出た。
「クラーラ! その人はあなたひとりでは無理よ! 私も戦うわ!」
エステルはクラーラを援護するため杖を構える。――その時、これまで余裕たっぷりだった男の表情がわずかに変化した。
「そっちのお嬢ちゃんは魔法使いのようだが……師匠はいるのかい?」
「あなたに教える必要はありません」
「そう尖るなよ。俺は君の師匠と知り合いなんだ。――枯れ泉の魔女とね」
「!? どうして!?」
「ははは、そう簡単にボロを出しちゃダメだぞ。まあ、魔力の流れというか……纏うオーラがどことなくあのとんがり帽子の魔女と被るんだよ」
まだ魔法を放ったわけでもないのに、男はエステルの魔法の師を一発で言い当てた。こうなってくると、もはや相手はただの囚人ではないとふたりは悟る。
「あんた……一体何者なの!?」
「うん? なんだ、俺の正体を知っていて勝負を挑んできたわけじゃないのか。ローザがついているんだから、あいつが俺の正体を教えてけしかけたのだとばかり思っていたが」
「正体?」
エステルはその言葉が引っかかった。
そして、思い返す――八極の存在を。
あの男はもしや八極の関係者でないのか。
八極の中で性別が男なのは合計で四人いた。
鉄腕のガドゲル。
赤鼻のアバランチ。
百療のイズモ。
残る最後のひとりは、もしかして――
「そ、そんな……」
「? どうかしたの、エステル」
クラーラは脱力し、固まってしまったエステルを心配して声をかける。そんなエステルの様子を見て、囚人服の男はその理由にすぐさま気づいた。
「ローザのお弟子さん……エステルちゃんだっけ? どうやら君は分かったみたいだな――俺の正体が」
男からの問いかけに、エステルは静かに頷いた。
「な、何? あいつ一体何者なのよ!」
クラーラに迫られたエステルは、小さな声で男の正体を口にした。
「教本に載っていた通りなら、あの人はたぶん……八極最強にして生みの親……世界中を回って他の七人を集めた男……その名前は――《伝説の勇者》ヴィクトール」
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