第93話 問題山積

 ※次回投稿は7月24日の水曜日を予定しています。



 事後処理をチェイスに任せ、トアたちは嵐で一部損壊した要塞村の修繕作業をするため村へと戻ってきた。

 早速修繕に取りかかろうとしたが、その日はすでに日が暮れていたので一夜明けた翌日に作業を行うことに。

 そして翌朝。

 村民たちが昨日一日をかけて調べたという被害状況。トアは朝からその聞き取り調査を行っていき、最終的に一番修復を急ぐべき場所が決定する。

 

「この様子だと……まず様子を見に行くのは共同浴場だな」

「そのようですね」

「異論はありませんよ」


 聞き取りに同行したのは、今や秘書役が定着しているフォルとトアと共に修繕作業に直接関わるドワーフ族を代表してジャネットのふたりであった。


「というか……この情報が本当ならかなり大変なことになっていますね」


 これまで、トアと共にさまざまな施設を要塞村内に造り上げてきたジャネット&ドワーフ族だが、そんなジャネットをもってしても「大変なことになっている」と表情を曇らせるほどに共同浴場の現状は酷い有様であった。


「確かに……ただ、共同浴場は村人の数が増えるにつれて『もっと広くしてほしい』という要望も出ていたから、これを機に少し手を加えてみようかなって思うんだけど」

「そうでしたね。しかし、手を加えるといっても……どこをどのようにしていくか決めないといけませんが」


 提案自体には賛成だが、具体案としてどのような手を講じるのか考えなくてはというジャネット。だが、それについてトアにはある心当たりがあった。


「実は、ちょっともう考えていることがあるんだよね」

「そうなんですか?」

「マスターがお風呂について考える……混浴ですか?」

「えっ!? そ、そうなんですか!?」

「違うよ!」


 あらぬ疑いをかけられたトアは即座に否定。トアが思い描いているのはあくまでも健全な方法だ。


「ともかく、まずは現場の状況を確認しに行こうか」

「そうですね」

「私もお供しますよ、マスター」


 こうして、修繕担当三人は共同浴場へ向かった。



  ◇◇◇



「これは……」

「想像以上の状況ですね」


 トアとジャネットは共同浴場の惨状に思わず表情が引きつった。

 なぜなら、強風によって倒れた樹木が共同浴場に突き刺さっている状態であった。


「これだと、木をどかしても穴をふさがないことには機能しませんね」

「それなんだけどさ……その開いた穴を有効活用しようと思って」

「穴を?」


 ジャネットはキョトンとして聞き返す。 

 

「昨日、ヒノモトから来た人たちをセリウス王都へ送り届けた時に、聖騎隊養成所時代に読んだ本の内容を思い出したんだ」

「それは一体どんな内容だったんですか?」

「ヒノモトの人たちの生活の様子が記された物なんだけど……それによると、ヒノモトの人たちは風呂の愛好家が多いらしくて、いろいろな種類のお風呂があるらしいんだ」

「その情報は初めて知りました」

「僕も初耳です」


 ジャネットもフォルも、ヒノモトの民に風呂好きが多いという話は初めて聞くらしい。これまで、ヒノモトのあるジア大陸とストリア大陸はもともとあまり交流がない。近年になって少しずつ活発化しているらしいが、トア自身もヒノモトに関する情報のほとんどが書物によるものであった。

 

「そのヒノモトの風呂というのが、トアさんの思い描く新しい要塞村のお風呂ということですね」

「そういうこと。ちなみにその風呂なんだけど――外に浴槽を造るんだ」

「「外に?」」


 フォルとジャネットの声が見事に重なった。

 

「向こうの言葉で露天風呂って言うらしい。現物は俺も見たことはないけど……外の景色が見えるような造りで、凄い開放感があるって話だ」

「ふむふむ、なるほど……これは面白い試みだと思います」

「確かに、こちら側の人間にはない発想ですね」

「しかし、実際に導入となるといろいろと試さなくてはいけないことがありますね」

「まあな……とりあえず、使用に問題ない程度に中を修復した後で外の工事に取りかかるとしよう」

 

 要塞村「露天風呂」計画の始動。

 嵐によって修繕が必要となった共同浴場に、元々要望としてあった風呂の拡大案――その一環としてヒノモトの風呂を導入する。トアのこの案はドワーフたちに大きな活気を与えた。これまでにまったく手を付けたことのないヒノモトの技術を自分たちで再現及びアレンジするということに、ドワーフたちは意欲を剥き出しにしていた。

 早速、ジャネットはローザのもとへ行き、ヒノモトの風呂に関する情報が載った書物がないか確認に走った。


「とりあえず、すぐにでも使用できるように修繕だけしておくか」

「お手伝いしますよ」


 特に女子組はすぐにでも風呂の復興を望んでいるだろうから、普通に入る分には問題ないように直し、それから要望を叶えるために露天風呂造りに着手していこうと決めた。



 

 フォルト共に進めていた風呂の修繕作業が粗方終わる頃、ふたりを尋ねてきた者がいた。


「トア村長、ちょっといいかい?」


 八極のひとりで今は要塞村の住人であるシャウナだった。


「シャウナさん? どうかしたんですか?」

「ああ……地下迷宮のことでちょっと相談があってな」

 

 トアとフォルは顔を見合わせる。

 いつもの飄々とした態度ではなく、心の底から困っているような表情をしていたからだ。


 

  ◇◇◇



 同時刻。

 港町パーベル。


「よいしょっと……こんなところかしらね」

「バッチリよ! ねぇ、エステル、ちょっと休憩しない?」

「賛成。ちょうど喉か湧いちゃったのよね」


 エステルとクラーラ、そして冥鳥族のアシュリーにマフレナを含む数人の銀狼族と王虎族だち。こちらのメンバーは港町パーベルを訪れていた。

 その目的は、嵐によって座礁したヒノモト製の船をパーベルにある造船所へ運ぶ手伝いをするためであった。これはエノドア町長レナード・ファグナスからの依頼でもあり、成功の暁には報酬も出るとのこと。

 今ちょうど、ボロボロになった船体をドックに収めたところであった。


「お疲れ様、おふたりとも」


 そこへやってきたのは造船所の責任者であるウォーガという中年男性だった。人当たりの良い笑顔が売りのナイスミドルである。


「君たちのおかげで作業がとてつもなく早く終わったよ。さすがは噂に聞く要塞村の村民たちだ。その働きぶりには頭が下がるよ」

「「いやいやいや」」


 真っ向から褒められて同時に照れるエステルとクラーラ。

 と、その時、町から何やら大声のようなものが聞こえてきた。


「? 何かあったんですか?」


 エステルが尋ねると、ウォーガの表情がそれまでとは打って変わって険しいものへと変わっていく。


「変な旅人がいるらしいんだよ。あまり近寄らない方がいい」

「変な旅人?」

「そうだ。――囚人服を着ていて、強い者を求めているらしい。町の腕っぷし自慢がその挑戦を受けているが、誰も歯が立たないって現状だ。そのうちに兵が来るとは思うが……」

「へぇ……」


 強い者と聞いて、今度はクラーラの表情が変わる。そこには不安は恐れなど微塵も含まれておらず、単純に強い興味がにじみ出ていた。


「く、クラーラ……やめた方がいいんじゃない? 囚人服を着ているってことはきっと罪人だろうし。どこかから脱獄してきたのかも」

「だったら余計にここで止めておかなくちゃ!」


 クラーラは持ち前の正義感をいかんなく発揮し、ウォーガから男の現在地を聞くとやってやると気合を入れて飛び出してしまった。


「あ、もう! ちょっと待って!」


 後を追うエステル。

 目的は――当然、囚人服の男の居場所だ。

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