第398話 クラーラの意外な一面
それは突然訪れた。
「きにゃあああああああああああああ!!」
村中に響き渡る奇声。
市場の様子をフォルと共に視察していたトアは、その声の主を捜して要塞内を駆け回る。そしてたどり着いた先にいたのは、
「ク、クラーラ?」
クラーラだった――が、厳密に言うとクラーラだけではない。その腕には魔虫族の赤ん坊であるハンナの姿もあった。
ジッとハンナを見つめるクラーラの腕は、わずかに震えている。
それを知った時、トアはハンナの身に何かが起きたのではないかと悟って駆け寄った。
「ハンナに何かあったのか!?」
「それは一大事ですね」
ハンナは要塞村では唯一の魔虫族という種族。
そんな彼女に何かあれば、同じ魔界出身の魔人族・メディーナだけが頼りになる状況だ。
――しかし、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだ。
「へへへ~♪」
クラーラの顔はだらしないくらいにニヤけていた。
「ど、どうしたの?」
「なんだか様子が変ですね……」
「わふっ! クラーラちゃん、嬉しそうです!」
声を聞きつけてやってきたエステル、ジャネット、マフレナの三人も、クラーラの反応を見て一大事ではないと知り、ホッと胸を撫でおろしていた。
では、なぜクラーラは奇声を発したのか。
その答えはハンナの異変にあった。
「ママ~」
両手を伸ばして、クラーラに触ろうとしているハンナ。そんなハンナを、母親代わりになって育てているクラーラは「ママ」のひと言に大興奮し、はしゃいでいる。
「これは……ヤバいわね。今ならジンさんやガドゲルさんの気持ちがよく分かるわ……」
「クラーラ様の父上も大概ですけどね」
悶えるクラーラに対し、フォルが冷静なツッコミを入れるという珍しい現象が起きてしまうほど取り乱しているようだ。
ついには、
「……決めたわ」
「な、何を?」
トアが問うと、クラーラはコホンとわざとらしく咳払いをしてから、
「この子の将来のために――今からしっかりと勉強をさせていく!」
高らかにそう宣言した。
それを受けて、
「クラーラって……」
「もしかしたら……」
「物凄い親バカなのでしょうか……」
トア、エステル、ジャネットの三人はそう結論付ける。ただひとり、マフレナだけはよく意味を分かっていないようで、「わふ?」と首を傾げていた。
「まずは何から手をつけるべきかしら……数字? 読み書き?」
なんだか、クラーラがあらぬ方向へ歩みだしそうなので、トアはその道のプロに相談してはどうかと提案する。
トアが推薦するその道のプロとは――
「それで、私のところへ来たんですね」
要塞村にある教会。
そこで親のいない子どもたちの世話をしているシスター・メリンカに事情を説明し、協力を求めたのだ。
シスター・メリンカといえば、シトナ村を魔獣に襲撃されて以降、トアとエステルにとっては親代わりになって育ててもらった人物だ。トアだけでなく、フェルネンド王国時代から合わせて、多くの子どもたちを育ててきた経験がある。きっと、的確なアドバイスを送ってくれるはずだ。
早速、クラーラはハンナの育成方針について熱く語った。
それを静かに聞いていたシスターは、クラーラが語り終わるとその方針を事細かに分析し、子ども(ハンナ)の特徴に合わせて助言を送る。
中でも、シスターが繰り返していたのは、「強要をしないこと」だった。
「親として、子どもがきちんと育つようにいろいろと教えてあげたいという気持ちはよく分かるけど、焦ってはダメよ。その子にはその子のペースがあるのだから」
シスターの助言に聞き入るクラーラ。
その講義は五時間に及んだが、クラーラはまったく疲れる様子も見せず、シスターからのありがたい言葉の数々を噛みしめるように振り返って終了した。
「なるほど……ありがとうございます、シスター。とても有意義な時間でした」
「いえいえ。いつでも相談に来てくださいね」
こうして、クラーラは母として、また、ひとりのエルフとしても大きく成長したのであった。
――数日後。
「聞いたぞ、クラーラ。君も我ら【愛娘を見守り隊】へ入隊を希望していると――」
「あ、遠慮しておきます」
「えっ!?」
ジンの勧誘はあっさり断られたのだった。
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