第82話 捕まる者、逃げる者

 要塞村とエノドアの交流が本格化しようとしていた頃――




 季節は夏。

 強い日差しが照りつける中、フェルネンド王国内にある罪人収容施設ドーレス監獄は今日も罪を犯した者たちの声で溢れていた。

 懺悔。

 憤怒。

 侮蔑。

 ドーム型の監獄内に嗚咽と怒号が交差する。

 そこに、ひとりの男が降り立った。


「いつ来てもここはやかましいな」


 監獄内での日常光景に対し、うんざりした様子でそう言ったのは、かつてダルネス侵攻の際に指揮を執り、オーストンの町を襲撃したオルドネスであった。

 彼はその作戦の失敗の責任を取らされる形でこの監獄の看守長に就任――が、看守長という名は飾りで、誰もが認める左遷だった。

 

「ちっ! こんな薄気味悪いところでくすぶっていられるか」


 舌打ちをし、配下の二名を従えて看守長自ら見回りを開始する。

 ――と、言うのが彼のいつもの行動パターンなのだが、今日に限っては少し異なっていた。

 今や定番になっている巡回ルートを外れ、オルドネスは「新入り」の入っている牢屋へと向かった。

 そこに捕らえられていたのは元王国聖騎隊のメンバーだった。

 オルドネスにとっては元同僚となる人物で、今は牢の中で胡坐をかき、大きな欠伸をしている。


「わざわざ名指しで私を呼んだのだ。少しは頬が緩んでしまうような報告を聞かせてもらえるのだろうね――プレストンくん」

「ああ……ご期待に沿う自信はあるぜ」


 牢屋の中にいたのは港町パーベルでトアに絡み、呆気なく返り討ちとなって自警団に身柄を拘束されたプレストンだった。

 彼は隙をついて逃亡し、そのままフェルネンドへと戻ってきていたのだ。その間、彼は密かに別の仲間と連絡を取り合い、パーベルの町に現れた元同僚のトア・マクレイグに関する情報を集めた。

 フェルネンドに戻った直後、彼はすぐさま王国聖騎隊に捕まり、このドーレス監獄送りとなった。聖騎隊を抜ける際、軍資金と称して王都内にある大商人の家の金庫から金をくすねたことがバレていたのだ。

 だが、これはプレストンからすると好都合だった。

 なぜなら、ドーレス監獄の責任者はあの野心家で有名なオルドネスであったからだ。

 成り上がるためなら汚い手を使うこともいとわない。

 今いる聖騎隊の中で、自分の持つ情報を有効活用できるのはこの男しかいないだろう。

 オーストンでは本物の八極と居合わせるという不運もあり失敗したが、本来は作戦を速やかに実行し、これまで多くの武勲を立ててきた人物だ。まさかたった一度の失敗でこんなところへ左遷させられるなどとは思ってもみなかった。

 プレストンはこの巡り合わせを神から与えられた追い風と捉えて、オルドネスに直接交渉がしたいとこの牢獄に押し込まれる際、密かにメッセージを手渡していたのだ。


「養成所時代から変わらない不遜な態度だな」

「これが信条でもあるんでね。悪く思わないでくれ」

「敬語くらいは身に付けておいた方がいいぞ。その態度をもう少しでも改めていたら、おまえはもっと上にいけた。実戦訓練の成績はクレイブ・ストナーやエドガー・ホールトンにも見劣らぬ成績だったくらいだからな」

「忠告痛み入るね」


 オルドネスからの説教交じりの忠告を軽く流して、プレストンは立ち上がる。そしてゆっくりと近づくと不敵な笑みを浮かべた。


「俺が持っているのはとっておきの情報だ。こいつをうまく利用すればあんたは本隊へ復帰ができるぜ」

「なぜそう言いきれる?」

「トア・マクレイグの居場所に関する情報だからだ」

「!?」


 オルドネスの表情が一瞬にして変化した。


「ヤツは手配犯となっているが、冷静に考えたら絵に描いたような真面目人間のトア・マクレイグがあんな罪を犯すはずがねぇ。どうせディオニス・コルナルドの逆鱗に触れて執拗に追いかけ回されているんだろ?」

「……そこまでは把握し切れていないが、未だにディオニス様はトア・マクレイグを探しているのは事実だ」


 エステルとの嘘の結婚話から続くトアとディオニスの因縁――とは言っても、完全に一方的なものであるが、それはまだ生きているとオルドネスは告げた。


「なら俺の情報を買って献上すればいい」

「……見返りはなんだ?」


 当然ながら、その情報をただでやるほどプレストンは善人というかお人好しではない。もちろん見返りを期待しての情報提供だった。


「金か?」

「いや、俺の望みはただひとつ――俺をあんたの配下に置いてもらいたい」

「何……?」


 プレストンからの提案はオルドネスのまったく予想していなかったものであった。


「前科持ちの俺はもう聖騎隊には戻れねぇ。だが、あんたの秘書役ってことなら別に問題はないだろ? ディオニス・コルナルドだってブレットって執事に役職与えてそばに置いているくらいだからな」

「……問題はないだろう。だが、おまえの狙いは何だ? そいつをハッキリとさせないことには雇えんな」


 ハッキリ言って、金に勝る条件とは思えなかった。

 しかし、あのプレストンがそう提示するくらいの条件だから、その裏には金以上の価値があるのだろうと睨んでいた。

 プレストンもオルドネスの疑いを察知して自身の狙いを隠すことなくさらけ出す。彼にとって、このオルドネスから信頼を得ることが重要だと踏んでの行動だった。


「俺はパーベルであのトア・マクレイグに屈辱的な負けを味わった。そのリベンジのために仲間を通じてあいつの情報を集めていたんだが……その過程であんたらフェルネンドの新しい企みを知っちまったんだ」

「! ……なるほど。そういうことか」


 オルドネスは背後の部下二名に命じて牢の鍵を開けさせた。

 この男は知っている。

 フェルネンドが水面下で進めているあの《計画》を。


「交渉成立と見ていいんだな?」

「とりあえず私の部屋へ来い。そこで詳しい話をしようじゃないか」


 


 牢から出たプレストンは手錠こそかけられたままだが、自由の身となりドーレス監獄内にあるオルドネスの部屋へと通された。


「しっかし、あんたほどの策士が辺境の町ひとつ落とせないなんてな。偽物とはいえ、人間とは遥かに能力値の違う巨人族まで率いていたっていうのに……最初聞いた時は耳を疑ったぜ」

「……あれは予期せぬ事態だった。よもや本物の八極がいるとは」


 アバランチの代役に立てた巨人族の男から得た証言だった。


「本物ねぇ……それで、オーストンに現れた八極は誰だったんだ? 枯れ泉の魔女か? それとも黒蛇か?」


 相変わらず軽い口調で尋ねるプレストン。対照的にオルドネスの表情は冴えない。


「オーストンに現れた八極は男だった。それも見た目は完全に普通の人間だ」

「人間の男? となると、巨人族のアバランチやドワーフ族のガドゲルじゃねぇな」

「そうだ。人間の男と変わらぬ見た目をした八極となるとふたりしかいない。そのどちらかになるが……あの戦闘力からすると、恐らく――」


 人間にそっくりで高い戦闘力。

 そこから浮かび上がってくる者はひとりしかいない。


「八極最強の男ってわけか……」


 プレストンがその存在を口にすると、オルドネスは静かに頷いた。


「それに、この男は我々の新たな計画にとって厄介な存在となる……」

「教本に載っていた情報が事実ならそうだろうな。ジュリア姫様を抱き込んで王様になろうって考えているディオニス・コルナルドにとっちゃ最大の障壁となり得る人物だ。ぶっちゃけ、トア・マクレイグよりそっちの方をなんとかした方がよさそうじゃねぇか?」

「そちらの方は、君には働いてもらわなければならないな。成功の暁には望む物を与えてやろうじゃないか」

「任せな! ヤツに受けた屈辱……それを倍返しにしてやるぜ!」


 トアへのリベンジに燃えるプレストンは高らかに吠えるのだった。

 


  ◇◇◇



 セリウス王国ローゼンプラム領。

 牧畜の町リースマット。


「ぐ、おぉ……」


 屈強な大男が腹を抱えて膝をつく。

 その正面には囚人服を着た男が立っている。

 オーストンの町で偽物のアバランチを倒したあの男だ。

 男はライトブラウンの短い髪をサラッとかき上げてため息をついた。


「なんだなんだ? この村のお宝全部いただくなんて大見得切った割にこの程度かよ。とんだ期待外れだ」

「く、クソが……」

 

 大男の周囲には自身と遜色ない鍛え上げられた肉体を持つ男たちが横たわっていた。その数総勢で二十五。すべてこの囚人服の男ひとりにやられたのだ。


「お、俺たち《赤蜥蜴盗賊団》がこんな男ひとりに全滅などと――ぐおあっ!?」


 大男の言葉を最後まで聞かず、強烈な飛び蹴りを食らわせた囚人服の男。結果として、その盗賊団とやらはたったひとりの男によって壊滅したのである。


「あ、ありがとうございます!」


 村民を代表して村長が囚人服の男に礼を述べた。

 実は、この村は先ほどの盗賊団の襲撃を受けて大混乱に陥っていたのだ。そこへ、偶然立ち寄った男があっという間に盗賊団を壊滅させてしまったのである。


「あなたが偶然この町にいらしてくださらなければ、今頃我々は……」

「偶然? そりゃちょっと違うな。……俺はそういう星のもとに生まれたんでね。トラブルが起こりそうなところへ行かないと気が済まないタチなんだ」


 そう語る囚人服の男はヘラヘラと半笑いの表情であったが、突如その顔つきが険しいものとなり、顔を南西の方角へと向けた。


「……今度はあっちか。それもかなり面倒臭ぇことになりそうだ」

「え?」

「いや何、こっちの話だ。それより、俺はもう行かなくちゃいけねぇ」

「そ、そんな! まだちゃんとお礼をしておりません!」

「いらないよ。さっきも言ったろ? これは俺の宿命みたいなものなんだ」


 そう言って、村長に別れを告げようとした時だった。


「見ぃつけたぞ! 茶髪野郎!」


 野太い声が、村中に響き渡った。


「げっ!? ステッドの旦那か!? よくここが分かったな……」

「ぐはははっ! 貴様のいるところにこのステッド様ありってことよ! 俺とおまえは運命の赤い糸で結ばれているのさ!」

「随分とロマンチストだことで……ただ、そんな運命はこっちから願い下げだ」


 囚人服の男の前に立ちはだかったのは先ほど戦っていた盗賊団にも負けない強靭な肉体を誇り、スキンヘッドに顎鬚に鋭い目つきという凶悪な人相をした中年の男だった。

 彼の名はステッド。

 脱獄した囚人服の男を捕縛するために送り込まれた男だ。


「旦那は俺よりももっと赤い糸を結ぶべき人がいると思うぜ? いい年なんだし、嫁さんを探せよ」

「貴様を再び監獄へぶち込んでからゆっくりと婚活を始めさせてもらう!」

「ははは、それじゃ結婚は一生無理だな」


 そう笑い飛ばして、囚人服の男は跳躍――それも、並みの跳躍ではない。軽々とジャンプしたように見えたが、あっという間に家屋の屋根まで到達した。


「悪いな、旦那。やること全部やったら監獄へ戻るよ。――ああそうだ。監獄の飯だが、もう少し肉を増やしてくれねぇかな。あと、俺の担当看守は若くて可愛い子がいい」

「ぐぬぬ……」

「じゃあな、旦那」

「あっ! 待てコラぁぁぁぁ!」

 

 呆然とする村人たちを尻目に、ふたりの男は追いかけっこを開始した。男の目的地は――



「次は南西……ファグナス領か」


 

 要塞村のあるファグナス領だった。

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