第413話 秘めたる想いを形にして
要塞村市場は早朝にもかかわらずエノドアやパーベルからも多くの客が訪れており、大変な賑わいを見せていた。
そんな中、ごった返す人の波をすり抜けて、ひとりの少女がある商人のもとを訪れていた。
「すみません」
「ん? おぉ! ジャネットさんか。今日も新聞かい?」
少女――ジャネットが尋ねたのは新聞屋だった。
ジャネットは世界情勢をしっかり確認しておきたいという理由から、よく新聞を購入しているのである。
しかし、今日はなんだかいつもと様子がおかしい、と新聞屋は不思議に思った。
「何かあったのかい?」
「いえ……ちょっと、今日の新聞に気になる記事があったもので」
「き、気になる記事?」
まだ受け取って間もないのに、すでに気になる記事を見つけたというのか。
さらに謎が深まるジャネットの行動。
それを追求する間もなく、ジャネットはそそくさと足早に新聞屋のもとから立ち去ったのだった。
「こ、ここまで来れば……」
ジャネットは荒れる呼吸を整えると大事そうに抱えた新聞を広げた。
「確かここに……あった!」
ジャネットがお目当ての記事を発見した時だった。
「凄いじゃないか!」
いきなり聞こえてきたトアの大声に、ジャネットの体はビクッと強張った。
しかし、どうやらそれは自分に向けられたものではないようだ。
気になったジャネットは、そっと物陰から声のした方向を覗き込む。
そこには、トア、エステル、クラーラ、マフレナ、それにフォルとシャウナの六人が、ジャネットの手にしているものと同じ新聞を持つある村民を囲んで、
「驚いたわね」
「意外――と言っては失礼なのかもしれないけど、それに関しては本当に凄いと思うわ」
「わふっ! 私もです!」
「狭き門だったようですしね」
「誰にだってできることじゃないさ」
何やら褒め称えていた。
その褒められている村民とは、
「いやぁ……恐縮です」
オークのメルビンだった。
そのメルビンが手にしているのは新聞――それを見て、ジャネットは気づく。
「まさか……メルビンさんも応募を!?」
ジャネットはさらに聞き耳を立てる。
「でも本当にビックリだよ。メルビンが小説のコンテストに応募していたなんて」
「コツコツと書き上げた短編なんでしょ?」
「え、えぇ、まあ……でも、まだ一次選考を突破しただけですよ」
トアとエステルの言葉から、ジャネットは「やはり」と項垂れる。
まさか、数ヵ月前に新聞を読んでいて偶然目にしたあのコンテストにメルビンも参加していたとは。
「それにしてもこのコンテスト凄いわね」
「セリウス王国が完全にバックアップした《第一回小説家になれるコンテスト》ですか……帝国にも小説を読むという文化はありましたが、このような大々的なイベントはありませんでしたよ」
「同じく考古学関連の本を出している身としては、メルビンの作品が気になるところだ。タイトルは――『追放された嫌われ解錠士って地味ですか?』……随分と長いんだな」
「それが今のトレンドなんですよ」
盛り上がる一行。
本来ならば、ジャネットもあの輪に加わりたいのだが、いかんせんジャンルがまずかった。
今回はクレイブの妹であり、同じく読書好きという共通点を持つミリアとの合作。
そのストーリーは――兄のことをひとりの男性として好きになってしまった妹はなんとか振り向かせようとするも、幼馴染(男)に取られてしまうというもの。
思いのほか筆が乗ってしまい、だいぶアレな仕上がりとなったが、完成した嬉しさでついつい応募してしまったのである。
ちなみに、その後、改めて異種族間での純愛ストーリーを書き上げて応募するも、こちらは一次選考の段階で落選となっていた。
「うぅ……なんでこっちが残ったんでしょうか……」
歯がゆい思いに苦しむジャネットは、もしこの作品が受賞したら、その時は潔く名乗り出ようと決意を固める。
――が、その作品は二次選考であえなく落選となった。
さらに、メルビンの作品も最終選考まで進んだが、受賞には至らなかったのだった。
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