第261話 舞踏会前日

 セリウス王国第三王子ジェフリーの来訪は、トアにとってもいい刺激となっていた。

 年齢も同じで、さらにジェフリー王子本人が、王族であることを前面に押し出していくタイプの人間でなく、国民目線で政治を行っていきたいという志を持っているということも、ふたりが仲良くなる要因と言えた。


 また、ジェフリー王子は要塞村をまとめ上げるトアの手腕や思想にも感銘を受け、彼にとっても、トアとの出会いは大きな影響を与えるものとなったようだった。




 ジェフリーが王都へ戻ってからも、トアの特訓は続いた。

 ダンスに加えてテーブルマナーや立ち振る舞いなど、社交界へのデビューへ向けてさまざまな知識と技術を磨いていった。

 元々、訓練や修行といった類が好きで、聖騎隊養成所時代から努力を欠かさないタイプだったトアは、第二王子ケイスも驚く成長ぶりを見せていく。


「さすがね、トア村長。正直、この短期間でここまで成長できるとは思っていなかったわ」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。たぶん、あたしたち三兄弟よりも才能あると思うわ」

「そ、そんな……」


 謙遜するトア。

 しかし、本音をいえば、安堵していた。


「村を代表して舞踏会へ行くわけですから、うまくやらないといけないって気持ちが強くてプレッシャーも感じていて――でも、ケイスさんの言葉で、その重圧が、少し軽くなった気がします」

「そう肩肘張らなくてもいいわよ。今回の舞踏会最大の目玉は、間違いなくジェフリーとツルヒメの婚約発表……あたしは親族として、あなたは友人として、最低限のマナーやエチケットは重要だけど、もっと気楽にいきましょう?」

「はい!」

 

 モチベーションも上がったトアは、さらにダンスの特訓へ熱を入れていった。



  ◇◇◇



 舞踏会前日。

 ケイスと共に朝から最後の仕上げに取りかかっているトア。

 その一方、円卓の間では各種族の代表者が集い、議論を交わしていた。


 議題は――「誰がトアと共に舞踏会へ参加するのか」である。


 一応、兄であるケイスとセリウス王家と面識がある八極のふたりは確定している。

 人数的には、あと五人くらいが妥当だろうというケイスのアドバイスから、その五人を決定する話し合いがもたれていた。


 まず立候補したのがエステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人。


 この四人の参加については、マフレナの父ジンからも強い推薦があった。

 本番当日、周囲は貴族やヒノモトの要人、さらに各界著名人がセリウス城に押しかけることが予想されているため、緊張をほぐすためにも、トア村長の気心が知れた同年代(エステル以外の三人は厳密にいうと同年代ではないが)の仲間が近くにいた方がいいだろうと、他の代表者たちへ訴えた。


 ――が、理由に関してはこれだけではない。

 実は、トアが舞踏会に参加することが決定してから、ジンは秘密裏にジャネットの父ガドゲルと、クラーラの父アルディのふたりに接触していた。

 もちろん、舞踏会に自分たちの娘を参加させ、セリウス王家に「要塞村のトア村長には四人の嫁がいるのか」と認識させるためである。


 ――ただ、そんな親父たちの思惑が仮になかったとしても、他の村民たちは普段のトアとの関係からエステルたちを推薦していただろう。


 問題はあと一枠だ。


「順当に考えれば、この村で一番の古株でもあるフォル殿でありましょうか」


 そう切り出したのは新米村民で魔人族のメディーナだった。


「私もそれで異論はないぞ」

「こちらも異議なし」

「私も同じ意見なのだ~」


 王虎族のゼルエス、冥鳥族のエイデン、大地の精霊のリディスもその意見に賛同。さらにドワーフやモンスター組からも「異議なし」の意見が出たため、最後のひとりはフォルで決定した。


「…………」


 しかし、当のフォルはあまり乗り気ではないようだ。


「どうしたの? あんたにしては珍しく静かじゃない」

「みなさんからの推薦で、舞踏会メンバーに選ばれたことは大変光栄なことと思いますが……今回に関しては辞退させていただきたいと思います」

「「「「「えぇっ!?」」」」」


 まさかの辞退発言に、円卓の間は騒然となった。


「ど、どうしたの、フォル……あなたらしくないじゃない」

「エステル様……」


少し間を置いてから、フォルは理由を説明した。


「僕は旧帝国の魔法兵器です。大戦終結から百年が経過しているとはいえ、セリウス王国の中には未だに僕のことをよく思わない人もいるでしょう」


 特に王家の人間ともなれば……その可能性は高くなるだろう。


「僕のお披露目はもう少し時間を置いた方がいいでしょう。ですので、今回の舞踏会にはセリウス王家とも面識があり、こういった場所での経験も豊富なナタリー様を推薦します」

 

 いつになく真面目な口調のフォル。

 それだけ、本気なのだ。


「……今回はフォルの言う通りにするかのぅ」

「まあ、フォルの懸念が絶対に外れるとも限らないからね」


 ローザとシャウナからも承諾され、最後のメンバーはナタリーに決まった。


「僕の分も派手に暴れてきてくださいね、クラーラ様」

「舞踏会でどうやって暴れるっていうのよ!」


 暗くなった雰囲気を明るくするいつものやりとり。

 場は和み、村民たちにいつもの調子が戻った。



 ――と、



「そうだったね……フォルがいたんだった」

「まあ、大丈夫じゃろう。ワシらであの国王にきっちりと言い含めておけば」

「そうだね。でも、せめて戦闘上手の八極があとひとりでもいてくれたら、向こうも即座にこちらの要求を呑んでくれるだろうに……アバランチ殿なら、事情を説明すれば来てくれるんじゃないか?」

「……万が一、あの爺が王都内で暴れだしたら、一日で国が滅びるわ。……ヒノモトからも要人が来るなら、せめてイズモにいてもらいたいものじゃが……」


 フォルについての誤解を解くため、ローザとシャウナはトアたちとは別に王家へのコンタクトを計画していた。

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