第131話 眠れぬ夜に

※次回は土曜日に投稿予定!




 今日も要塞村の朝はにぎやかだ。


 若きエルフ組はケーキ屋と牧場に分かれ、それぞれの職場で仕事を開始。銀狼族と王虎族と冥鳥族は地下迷宮班と狩り班、そして近隣の巡回に回る班となって持ち場へと向かった。モンスター組は冬が来る前に少しでも魚を確保しておこうとキシュト川へ漁に出る。ドワーフ組は新たな街道の整備と要塞の修復作業、中には地下迷宮へ潜る者もいた。


 アネスのお世話役であるエステルとシロのお世話役であるマフレナは、要塞村の子持ち奥様たちと一緒になって子守をしている。


 一方、トアは以前から計画していた要塞村宿屋及び村民からリクエストのあった新しい施設を増設するため、要塞内を見て回り、必要とあればリペアとクラフトを使って作り替えていく作業に取り掛かろうとしていた――が、


「ふあぁ~……」


 大きなあくびをして目をこする。


「寝不足ですか、マスター」


 普段見慣れないトアの様子に、思わずフォルが尋ねた。


「うーん……最近ちょっと夜眠れなくてね」

「眠れぬ夜ですか……相手はどなたですか?」

「? 相手?」

「そうです。寝不足になるくらいですからきっとお相手は相当激しいのが好みなタイプでしょうね。きっと性格的にクラーラ様が――」

「朝っぱらからなんの話をしてんのよ!」


 会話の途中でクラーラの飛び膝蹴りが炸裂し、フォルの兜は壁に深々とめり込んだ。


「ああ! これこれ! やはりクラーラ様はこうでなくては!」


 ボディにめり込んだ兜を引っ張らせつつ、フォルは久しぶりの感触を楽しんでいるようだった。


「それにしてもトア……寝不足って本当なの?」

「わふぅ……眠れないんですか?」

「あ、ああ……なんだか、ねぇ。ただ、原因はいまいち分からないんだ」


 一緒にいたエステルとマフレナも心配そうにしているが、具体的な解決方法について助言できるような知識はなかった。

 すると、ここでジャネットが挙手をする。


「お任せください、トアさん!」

「ジャネット?」

「トアさんが夜ちゃんと寝られるよう私が快適な安眠グッズを作ってみせます!」

「そ、そんなアイテムがあるのか!?」

「ドワーフ族が長年蓄えてきた知識に不可能はありません!」


 ハッキリとそう言い切ったジャネットは「早速取り掛かります!」と鼻息も荒く工房へと戻っていった。


「ジャネット様……随分とヤル気ですね」

「むぅ……私もエルフ族の持つ秘薬に安眠効果のある物がないか当たってみるわ!」

「わふっ! 私もお父さんに聞いてみます!」

「私も魔法絡みで何かないか、ローザさんに相談してみるわ!」


 ジャネットに続き、クラーラ、マフレナ、エステルがそれぞれの方法でトアに安眠をプレゼントしようと散っていった。


「愛されていますなぁ、マスター」

「あはは、ありがたい限りだよ。何かお礼をしないとね」

「マスターが『ありがとう』と言って微笑みかければ、みなさん大喜びするはずですよ」

「そ、そうかな?」

「ともかく、今日の作業はスローペースで進めましょう。村長は体が資本ですからね」

「……うん。お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」

 

 不眠対策に期待を寄せながら、トアとフォルは本日の作業に取り掛かった。




「うああ~……」


 ドワーフ族の工房――そこにある自分専用のデスクで頭を抱えていたのはジャネットだった。


「お嬢、どうかなさいましたか?」


 若きドワーフたちのまとめ役であるゴランが、工房に入ってくるなり頭を抱えて唸っているジャネットを心配して声をかける。その後ろでは他のドワーフたちも親方であるガドゲルの娘で、幼い頃からよく知っているジャネットを心配していた。


「ありがとう、ゴラン、それにみんなも……実はトアさんのために安眠グッズを作ろうと思って」

「「「「「安眠グッズ?」」」」」


 ドワーフたちは一斉に顔を見合わせた。


「眠りを誘発させるアイテム……しかしなんでまた村長はそのような代物を?」

「最近あまり眠れていないようで……その……みんなもいろんな方法を考えてみるそうなんですけど……できたら私が一番に――て、なんでニヤニヤしてるんですか!?」


 ジャネットのトアを思う健気な心に、ドワーフたちは思わずほっこりする。


「見たか? あの部屋に閉じこもっていたお嬢が人を好きになったんだ」

「嬉しい限りだよ」

「ああ……」


感慨にふけると同時に、ドワーフたちに「何があってもトアにジャネットを褒めてもらわなくてはいけない!」という闘志が燃え上がった。

 そこから全ドワーフが現在手掛けている仕事を一旦切り上げ、トアの安眠を実現するためのアイテム作りへと着手。


「安眠のために必要なのはリラックスできる環境……トア村長がもっとも落ち着ける物があればそれをベースにできるのですが」

「トアさんが落ち着ける物――っ!」

「心当たりがあるのですか?」


 何かを閃いた様子のジャネットに、ゴランがそう尋ねる。


「はい。――ちょっと、その人のところへ行ってきます」


 強い決意に溢れた瞳でそう告げたジャネットは工房から出ていった。



  ◇◇◇



 翌日。


「ふああ~」

「また寝不足ですか?」

「うん……ベッドで横にはなるんだけど、なかなか寝付けなくて」

「ベッドがいけないのでしょうかね」


 昨夜も熟睡できず、寝不足気味のトア。

 結局、昨日の作業はまったくはかどらず、フォルの計らいによって午後からは自室で休息を取ることとなった。

 が、それでもやはり寝付くことができず、結局そのままズルズルと夜を迎え、それでもやっぱり深い眠りにつくことはできなかった。

 ローザからは「催眠魔法を使うか?」と提案をされたが、それでは根本的な解決には至らない。こればかりはトアのリペアやクラフトといった能力でも解決は困難だった。

 それはエステルやクラーラも同じで、なんとかしてあげたいとは思っても案が浮かばず、なんとなく暗い雰囲気が漂っている。


 ――それを打ち破るように、ふたりの少女がトアの前に現れた。


「トアさん!」

「トア様!」


 ジャネットとマフレナだ。


「トアさんの不眠を解決するアイテムができたのでお持ちしました」

「! ほ、本当に!?」


 誰もがあきらめかけていたトアの不眠を解消するアイテム――それは、


「枕です!」

「ま、枕?」


 それもただの枕ではない。


「マフレナさんの尻尾のモフモフぶりを完全再現した抱き枕です!」

「!?」


 マフレナの尻尾――それは心を奪うまさに劇薬。

 さすがにトアの寝るベッドにマフレナ自身を仕込むことはできないので、この尻尾型抱き枕で代用してもらおうというのがコンセプトらしい。


「抱き枕、ねぇ……実際に効果は――」

「ぐぅ」

「早っ!?」


 クラーラが疑問を投げかけようとした時、ジャネットから枕を手渡された瞬間にトアは寝落ちしていた。


「お、恐るべし……モフモフ枕!」


 その驚異的な効果に、エステルも目を見開いて驚く。

 あまりにも気持ちよさそうに眠っているため、起こすのを忍びなく思い、フォルが背負ってトアの自室まで運ぶこととなった。

 



  ――数時間後。



「うぅーん……よく寝たぁ!」


 モフモフ枕の効果により快眠を得たトアは夕食前に目を覚ました。

 久しぶりの熟睡で頭もスッキリし、体もなんだか軽く感じる。


「みんなには心配をかけちゃったな。お礼をしに行かないと」


 ベッドから飛び起きたトアは部屋を出る。すると、ちょうど部屋の前でジャネットと出くわした。


「と、トアさん!?」

「ジャネットか。ちょうどよかった。君にお礼を言いたかったんだ」

「わ、私にですか!?」

「うん。だって、あの枕はジャネットが作ったものでしょ?」

「そ、そうですけど……あれは以前、マフレナさんの尻尾を褒めていたトアさんの言葉を思い出して作った物なので、厳密に言うとマフレナさんのおかげですよ」


 ジャネットは覚えていたのだ。

 トアがマフレナの尻尾のモフモフに癒されていたのを。

 だから、マフレナに協力を仰ぎ、共同開発という名目であの枕を完成させたのだ。

 だが、トアからすればそれは違う。


「けど、作ってくれたのはジャネットだ。君のおかげでもあるんだよ。ありがとう――ジャネット」

「トアさん……」


 真っ直ぐ見つめられながらお礼を言われ、ジャネットは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。




 ――その後、好評を得たマフレナのモフモフ尻尾型抱き枕は各所から「是非自分たちも使用したい!」という要望が出たのだが、マフレナが恥ずかしがったことで、フォルが極秘裏に進めていた量産化計画は打ち切りとなり、名実ともにトア専用の枕となったのであった。

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