第583話 夜の要塞村にて
村民たちが寝静まった深夜。
一部では酒盛りをしている大人もいるが、それ以外は静寂に包まれている。
そんな村の外れにひとりの女性の姿があった。
昼間にこの要塞村を訪れた女性だ。
夜風に長い髪をなびかせながら、彼女は誰かを待っていた。
やがて、その人物が姿を見せる。
「こんなところで何をやっているんですか……昼間お見かけした時は驚きすぎて失神するかと思いましたよ」
恨み節のようにも聞こえる言葉を発したのは――要塞村で暮らす天使族のリラエルだった。
そんな彼女を視界に捉えた女性はニコッと微笑み、彼女の言葉に応える。
「あなたの方こそ、驚きましたよ。まさか魔人族とあんなに仲良くなっているなんて」
「メ、メディーナは向こうから一方的にウザ絡みをするだけで……」
「あらまあ、名前で呼び合う仲なのね?」
「ぐっ!?」
しまった、とばかりに頭を抱えるリラエル。
そこへさらにふたりの女性が加わった。
「やはりお主じゃったか……トアを欺くのは気が引けたが、さすがにヤツと合わせる前に目的を聞かんわけにはいくまい」
「相変わらず物好きな人だねぇ」
現れたのは八極のメンバーであるローザとシャウナだった。
「ローザ、それにシャウナも……元気そうで嬉しいわ」
「よく言うわ。お主の方こそ何をしに来た……女神デメティスよ」
ローザがその名を口にした瞬間、女性は眩い光に包まれてその姿を変える。
厳密に言えば、変わったのは服装だけ。
どこにでもいそうな町娘の格好から、女神と呼ぶに相応しいドレス調の服となっていた。
「やはりバレていましたか」
「当然じゃ。魔力の質を自在に変えて悟られないようにしていたようじゃが……容姿が昔会ったままというのはどういうことじゃ?」
「姿を隠す気があったとは思えないね」
ローザとシャウナのふたりが迫ると、女神デメティスは笑顔を崩さず答える。
「だって、そっちの方が面白そうじゃない?あなたたちがどんな反応をするのかも見たかったし」
「「…………」」
今度はふたりが頭を抱える。
「そういえば……こういう性格じゃったのぅ」
「ああ、そうだったね」
コホン、咳払いを挟んだ後、ローザは改めてデメティスに問いかけた。
「一体何の用があってトアたちに近づいた?」
「ただ見てみたかっただけよ。――奇跡を成し遂げた少年の顔を」
デメティスの笑顔の「質」が変わった。
ふたりは咄嗟にそう判断するも、体は動かない。
相手は女神。
いくら八極とはいえ、神を相手に勝てる可能性はゼロに等しかった。
「トアをどうする気じゃ?」
「どうもしないわ。……ただ、今のままでは少し危ういから、収穫祭とやらを楽しんだ後で彼に直接話を持ちかけるつもりではいるの」
「何を話すつもりじゃ!」
「それはまた今度のお楽しみよ。じゃあね」
デメティスは言い終えたと同時に忽然と姿を消す。
気配さえも感じないほど完璧な瞬間移動――これはローザにも再現できない魔法であった。
「……リラエル、お主は何も聞いておらんのか?」
「逆に私が教えてもらいたいくらいよ」
「そうか……とりあえず、この件はトアたちの耳にも入れておこう。ヤツのことじゃ、収穫祭自体をめちゃくちゃにしようというつもりはないはず……開催は例年通りで問題ないじゃろうな」
「それがいいだろうね。むしろ中止にした方があとでもめそうだ」
「言えているわね……ああ、もう! こっちへ来るなら事前に連絡してくれたらいいのに!」
地団駄を踏むリラエルを横目に、ローザは大きく息を吐いた。
収穫祭を直前に控え、要塞村に緊張が走る。
女神デメティスの目的とは一体――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます