第369話 エステルの危機?【前編】

 鉱山の町エノドア。

 活気に溢れる町だが、午後になるとその喧騒もひと段落つき、穏やかな時間が流れていた。


「今日も寒いわねぇ」

「ホントですねぇ」


 エステルとジャネットは所用でエノドアを訪れており、その帰りにエルフのケーキ屋さんへ寄って行こうと話していた。

 その時、



「ついに見つけたぞ!」


 

 若い男の声が町中に響き渡る。

 その声が向けられたのは間違いなくエステルとジャネットであった。

 町の人々の分も含め、すべての視線がその男へと集まる。

 年齢はエステルとほぼ変わらない十五、六ほど。

 素人目でも高いと分かる服装。さらには腰に携えた剣にも派手な装飾品が見て取れる。誰がどう見ても、男は貴族の人間であった。


「僕はずっと君を捜していたんだよ、エステル・グレンテス! ようやく……ようやくこうして再会することができたんだ!」


 情熱的に語る男。

 ――が、


「え、えっとぉ……」


 困惑するエステル。

 なぜなら、男は「再会できた」と喜んでいるが、エステルは男にまったく見覚えがなかったからだ。


「エ、エステルさんのお知り合いですか?」

「う、うぅん……全然知らない人……」

「そんな!?」


 エステルから「知らない」と告げられた男はショックのあまりズッコケた。


「僕だよ! ガーベル家のホルバートだ!」


 名前を口にするが、それでもやっぱりエステルはピンと来ていない様子。

そこへ、騒ぎを聞きつけた自警団のクレイブとネリスが駆けつける。


「なんの騒ぎだ!?」

「エステルにジャネット? 一体何が――あっ」

「む?」


 クレイブとネリスは、崩れ落ちていた男と目が合う。

 次の瞬間、ホルバートはむくっと立ち上がる。

そして、服についた埃を取り、襟を正すと、「コホン」と咳払いをしてからキリッとした決め顔で語り始める。


「ふふふ、まさかこんなところで君とも再会を果たすとは思ってもみなかったよ――クレイブ・ストナーくん」

「! お、おまえは――誰だ!」

「っ!?」


 盛大にズッコケるホルバート。

 だが、


「! ホルバートって……」


 ネリスがその名に心当たりがあるかのようなリアクションをすると、ホルバートはすぐに立ち上がり、乱れた髪型をササッと整えると再びわざとらしく「コホン」と咳払い。


「さすがは元大臣令嬢のネリス・ハーミッダ……君は僕のことを――」

「誰だったかしら?」

「ふぬぅ!?」


 さすがに三度目はズッコケを耐えるホルバート。

 しかし、その一連の行為が、消えかけていたクレイブの記憶を呼び起こした。


「さっきの派手なズッコケ……フェルネンド王国における最小領地であるゼブル地方を治めていたあのガーベル家の人間か!」

「どこを見て思い出しているんだ、君は!」

「どうでもいいけど、そのホルバートさんが何しにここへ?」


 呆れた様子で問うネリス。

 そこで、ようやく自分がここを訪れた理由を思い出したホルバートはエステルの前まで進むと跪いた。


「今日僕がここへ来たのは君にこの溢れ出る愛を伝え、結婚を前提にした――」

「ごめんなさい」

「せめて最後まで聞いてくれ!?」


 バッサリと振られたホルバートだが、その顔に諦めた様子はない。


「だが、その返事は想定内!」

「だったらしなければいいのに」

「うるさいぞ、ネリス・ハーミッダ! 僕は真実の愛を彼女に伝えるため、遥々この町までやってきたのだ!」

「え、えっと、ホルバートくん? 気持ちは嬉しいけど、私にはもう心に決めた人が――」

「分かっているさ。――トア・マクレイグだろう?」


 どうやら、トアの存在は認識しているらしい。

 だったらなぜわざわざエステルに求婚などしたのか――その謎はすぐに解けた。


「君にあの男は相応しくない。《洋裁職人》などという役にも立たないジョブを与えられた挙句に聖騎隊を逃げだしたあの軟弱者では、君を幸せになんてできないんだ!」

「「「あ」」」


 そこで、三人は悟る。

 ホルバートの中のトアは、聖騎隊を辞めて放浪の旅に出たところで止まっている、と。


「だから僕は彼に決闘を申し込む! エステル・グレンテスに相応しい男はどちらかハッキリさせてやるのだ!」


「はっはっはっ!」と高笑いするホルバート。


「あ、あの、クレイブさんにネリスさん……どうします?」


 ジャネットがこっそりふたりに尋ねると、


「好きにさせておけばいいのではないか?」

「それでなんの問題もないわね。むしろいっぺんトアにボコボコにしてもらえば現実を嫌でも理解するでしょ」

「ト、トアさんはそんなことしないと思いますけど……」


 これにはさすがのジャネットも苦笑いするしかなかったのだった。

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